INCIDENT

柿沢貴裕 借金でヤフオク・メルカリ転売!素行不良のロッカー荒らし窃盗で契約解除

東京読売ジャイアンツの外野手の、柿沢貴裕外野手(23)との契約を解除したと発表しました。

はたして、柿沢貴裕の逮捕まで行くのでしょうか。年俸650万円は23歳にしてはかなりの高額。どうしてこのような事件に発展してしまったでしょうか。

過去には柿沢貴裕さんは素行が不良との噂もありましたが、野球選手は多少やんちゃな方も多かっただけに、意外だという声が上がっています。

さらに、本日付で、柿沢貴裕本人に契約解除を通告しました。

柿沢貴裕といえば楽天イーグルスの二軍時代にデーブ大久保監督の時に熱中症により一時は心肺停止という事件で一躍有名になった選手。

もともとは高校時代は投手として活躍していましたが、楽天では内野にも挑戦、ジャイアンツに移籍してからはその足と肩を活かして外野手として活躍していました。

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柿沢外野手との契約解除 阿部、坂本勇らの野球用具盗み売却

ジャイアンツ球場に足繁く通うファンにとってはあまらにもショックなニュースでした。

楽天イーグルスから移籍して将来の外野のレギュラーとして期待されていた柿沢貴裕がロッカー荒らしの窃盗容疑で契約解除されたのだ。

 

◆柿沢貴裕(かきざわ・たかひろ)1994年(平6)7月30日生まれ。小学校までは東京・葛飾で過ごす。中学から母親の実家がある鹿児島に移り、中学から神村学園。高校2年夏から3季連続でエースとして甲子園出場。3年夏は4番も務めるなど、高校通算23本塁打の打撃力を買われ、野手としてドラフト指名を受けた。179センチ、80キロ。右投げ左打ち。

柿沢外野手は神村学園から12年ドラフト6位で楽天に入団。16年12月にトレードで巨人に移籍していました。

一軍出場はなかったものの、今年は二軍でも安定した成績を残していました。特に6月は打撃が好調でレギュラーとしてファームの試合に出場していました。

今季、柿沢貴裕外野手は二軍で主にセンターを守っており48試合に出場して打率.351の好成績を残していました。

6月まではほぼレギュラーとして二軍の試合に出場して猛打賞を記録するなど打撃は絶好調。

しかし、7月に入って突如、スタメンから柿沢外野手の名前が消えていました。

 

 巨人は7日、柿沢貴裕外野手(23)との契約を解除したと発表した。この日、本人に通告した。

柿沢外野手は今年5月から6月にかけて、神奈川県川崎市のジャイアンツ球場のロッカーから、分かっているだけで合計12回、阿部、坂本勇ら主力選手のバット、グラブ、ユニホームなど野球用具約110点を盗み出し、中古ブランド品買い取り専門店に売却する不正を行っていた。

柿沢貴裕元外野手は今年の5月から6月にかけて神奈川県川崎市のジャイアンツ球場のロッカーから、阿部、坂本勇ら主力選手のバット、グラブ、ユニホームなど野球用具約110点を盗み出し、中古ブランド品買い取り専門店に売却する不正を行っていたと報道されています。

球団は6月下旬にある選手のユニフォームがネットオークションに出品されていました。

 

球団はすぐにジャイアンツの室内練習場やロッカーなどの防犯カメラを確認。

すると、ロッカーの防犯カメラなどで柿沢外野手が盗み出していたことが判明下というのです。

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消費者金融から借金を繰り返していた。

ジャイアンツから先輩選手の野球用品をネットオークションで売りさばいていた柿沢貴裕。

柿沢貴裕は消費者から借金が膨れ上がっていて生活に困窮していたとうのだ。

柿沢貴裕といえば、入団当初、テーマ曲が『男はつらいよ』にするプランを明かしていたが、ファンにとっても辛い結果になってしまった。

高校時代は投手だったが、ジャイアンツの長野に憧れて外野手で活躍

柿沢貴裕元選手は神村学園からドラフト6位で楽天イーグルスに入団。

高校時代時代は投手として活躍したものの、強肩と高い打撃センスで内野と外野手の両方を守れる選手として育成されていました。

楽天イーグルスに入団したときも「ジャイアンツの長野選手に憧れている」といって投手ではなく外野手としてプロ野球に挑戦すると宣言していました。

 

柿沢貴裕はプロ初任給全額を石巻工に寄付していた

柿沢貴裕は楽天イーグルスに入団した時に二回、大きな話題になっています。

一度目はプロ野球選手としての初任給を石巻工に寄付していたのだ。

逆境に立ち向かい、甲子園を目指す高校球児のために-。楽天のドラフト6位・柿沢貴裕外野手(18=神村学園)が22日、宮城・石巻工に初任給の50万円を全額寄付することを明かした。柿沢は昨年のセンバツで21世紀枠の同校と対戦。試合は9-5で勝ったが、東日本大震災の苦難にも負けずに奮闘するナインに心を打たれ、恩返しのためにも寄付する決意を固めた。(金額は推定)

デーブ大久保監督時代には熱中症で心肺停止の事故も経験

二回目の大きなニュースになったのは19歳の時。

沖縄・久米島での2軍キャンプの練習中に倒れ、心臓マッサージを受けていたと報道されました。

柿沢は外野手として入団していましたが、二年目から内野にも挑戦しており、特守で大久保2軍監督のノックを受けていたいました。

大久保監督のノックの最中にグラウンドで倒れ、駆けつけたトレーナーから心臓マッサージを受けた。

その場で意識は取り戻したが、救急車で病院に運ばれ検査を受けた。結果は脱水症状で、点滴などの処置を受けて入院していた。
すぐに退院して練習に復帰していましたが、当時はおおきな騒動になっていました。

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