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高畑勲氏が死去・死因は?かぐや姫は鳥獣戯画などからインスパイアされた作風が話題に!

信じたくないニュースをサンケイスポーツが報道している。

日本のアニメーション業界の巨匠・高畑勲氏の死去が報道されている。
しかし、サンケイスポーツの第一報では高畑勲監督の死因など詳しいことは報道されていない。

かぐや姫は鳥獣戯画などからインスパイアされた作風が話題になるなど常に新しいことにチャレンジしてファンの期待を超える作品を世に送り出してくれました。

また、現時点で他のスポーツ紙や新聞各紙が後追い報道がなされていないために、サンケイスポーツの誤報であってほしいとの声や信じられないというファンの声が上がっている。

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高畑勲死去が報じられるが死因は不明


信じられない、信じたくないニュースが入ってきた。

サンケイスポーツが日本のアニメーション界の巨匠
高畑勲監督の死去を報じているのだ。

ただ、現在のところ、高畑勲監督の死因など詳しい事は報道されておらず、ファンの間では誤報であってほしいとの声が上がっている。

まずは、サンケイスポーツから第一報の報道を引用する。

高畑勲氏が死去…昨年夏頃に体調崩し入退院を繰り返す
4/6(金) 5:00配信
引用:サンケイスポーツ

宮崎駿監督(77)と並ぶ日本アニメーション界の巨匠で、ジブリ映画「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを監督した高畑勲氏が5日、東京都内の病院で死去した。82歳だった。

 関係者によると、高畑監督は昨年の夏頃に体調を崩し、その後入退院を繰り返していた。心臓が悪かったという情報もある。

報道によると、関係者の話として
昨年11月に高畑勲監督と会ったという関係者の証言として

「子供のような好奇心でキラキラした表情が印象的な人だが、元気がなく、全く違った人みたいだった」

との証言を掲載している。

また以前よりも痩せて歩く時は体を支えられていたという。

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高畑勲監督の死因は不明


サンケイスポーツの報道で明らかになった高畑勲の訃報。

死因などは現在、明らかにされていない。

報道の中で

昨年の夏頃に体調を崩し、その後入退院を繰り返していた。心臓が悪かったという情報もある。

との記述があるように、
高畑勲監督は心臓に持病を抱えていたようだ。

日本のアニメーション界の巨匠として君臨

高畑勲監督は、日本のアニメーションの巨匠として宮崎駿さんとタッグを組んで数々の日本にとどまらず、世界的な大ヒットを飛ばしてきた。

まずは、簡単に高畑勲監督のプロフィールをご紹介します。

高畑勲監督のプロフィール

氏名:高畑勲
ふりがな: たかはたいさお
別名義:武元 哲(たけもと てつ)
誕生日: 1935年10月29日
没年月日:2018年4月5日(82歳没)
出身: 日本/三重
 

高畑勲監督は1935年生まれの82歳だった。

三重県宇治山田市(現・伊勢市)で七人兄弟の末っ子として生まれる。

その後、父の仕事の関係で岡山市へ移り住む。
新制の岡山県立岡山朝日高等学校を卒業。

上京すると、1954年、岡山県立岡山朝日高等学校を卒業、東京大学教養学部文科二類に入学。

その後、東京大学文学部仏文科に進学している。

1959年3月、東京大学卒業して、4月から東映動画に演出助手として入社する。

>>東映動画で参加した作品<<

『安寿と厨子王丸』
『鉄ものがたり』『
わんぱく王子の大蛇退治』
『狼少年ケン
』『太陽の王子ホルスの大冒険』
『ひみつのアッコちゃん』
『ゲゲゲの鬼太郎(第1作)、(第2作)』
『もーれつア太郎』
『アパッチ野球軍』

>>Aプロダクション(現・シンエイ動画)で参加した作品<<

『ルパン三世 (TV第1シリーズ)』
『パンダコパンダ』
『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』
『荒野の少年イサム』

>>ズイヨー映像(現・日本アニメーション)で参加した作品<<

『アルプスの少女ハイジ』『フランダースの犬』『母をたずねて三千里』『ペリーヌ物語』など

>>テレコム・アニメーションフィルムで参加した作品<<

『じゃりン子チエ』(脚本・監督)公開。
『NEMO/ニモ』の準備作業をするが米国側と意見が合わず演出を降板。
『風の谷のナウシカ』(プロデューサー)公開。

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そしてスタジオジブリ設立に参画

盟友の宮崎駿、小田部羊一らと数々の有名アニメーション企業を渡り歩いてきた高畑勲さん。

盟友の宮崎駿さらとスタジオジブリをついに設立。

ここからはwikiを引用してみます。

1986年、『天空の城ラピュタ』(プロデューサー)公開。
1987年、『柳川堀割物語』(脚本・監督)公開。
1988年、『火垂るの墓』(脚本・監督)公開。※スタジオジブリでの初監督作
1989年、『魔女の宅急便』(音楽演出)公開。
1991年、『おもひでぽろぽろ』(脚本・監督)公開。※邦画興行収入第1位
1994年、『平成狸合戦ぽんぽこ』(原作・脚本・監督)公開。※邦画興行収入第1位
1995年、若手演出家養成のための第1期東小金井村塾を主催。
1998年、1998年秋の紫綬褒章を受章。
1999年、『ホーホケキョとなりの山田くん』(脚本・監督)公開。
2012年、ドキュメンタリー映画『いわさきちひろ 〜27歳の旅立ち〜』(出演)公開。
2013年、『かぐや姫の物語』(原案・脚本・監督)公開。

高畑勲のかぐや姫では鳥獣戯画からインスパイアされたとの記事も

日本の絵巻物はアニメーションとの類似点が多いことは昨今言われています。このかぐや姫の物語も、監督は鳥獣戯画のようなタッチで予定していると発表していました。

引用:http://waiwai-gayagaya.hateblo.jp

高畑勲の死去報道にネットでは誤報であってほしいの声が・・

高畑勲の死去報道にネットでは誤報であってほしいの声が多く上がっています。

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