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銚子シングルマザー愛娘事件の犯人の名前は松谷美花・・愛が生んだ悲しい嘘とは一体なんだったのだろうか?

愛が生んだ悲しい嘘・・・銚子シングルマザー愛娘事件の真相と母親の名前とは?

「本当は私が死ぬはずだったのに……。なぜ手にかけてしまったか分からない。可純には、本当に申し訳ないことをしてしまった……」

2014年9月24日に起きた悲劇は、母ひとり、子ひとりの生活の中。
娘を思うあまりに起きた悲劇だったのだろうか?

 

それとも。。

この事件は、親の愛、ミエ、溺愛。果たしてソレだけが事件の真相だったのか?

行政の問題と松谷美花の無計画な散財は切り離して別問題として考えなければならない。

改めてこの銚子シングルマザー愛娘事件を振り返ってみたい。

銚子シングルマザー愛娘事件は強制退去執行の日に起こった

犯人の松谷美花被告は今何を考えているのだろうか。
銚子シングルマザー愛娘事件は2014年9月24日に悲劇が発覚した。

 

犯人の松谷美花被告は娘の可純さんと二人暮らしだった。
銚子の公営住宅で母子家庭ではあるものの二人仲良く暮らしていたはずだった。

 

しかし・・・次第にシングルマザーとして懸命に娘を育ってていはずだった彼女に異変が起こるのだ。
公営住宅の家賃を二年間も滞納し、強制退去されるまで生活は困窮していた。

2014年9月24日。

 

事件発覚は、公営住宅の強制退去の執行の日だった。

 

松谷美花が公営住宅に踏み込むと、中学二年生の一人娘の松谷可純ちゃんが変わり果てた姿で発見されたのだ。

 

可純ちゃんの首には、四日前の中学校の運動会で巻かれていた赤いハチマキが凶器となって巻かれていた。

可純さんの部屋には大好きなアイドルのポスターが沢山貼られていた。そして冷蔵庫の上には家賃の督促状が山積みにされていた。

強制退去の執行官が部屋に踏み込んだとき、松谷美花被告は自ら手をかけた娘の亡骸の頭をなでながら四日前の運動会のビデオ映像を流していたという。

 

一体、シングルマザーに何が起こったのだろうか?

元旦那の数百万円を借金を背負って離婚

松谷美花は2002年に夫と離婚している。

地方を転々としながら、女手一つで愛娘の可純さんを懸命に育てていた。

銚子の県営住宅に越してきたのは7年前だった。

 

県営住宅近くの給食センターでパート職員として働いていた。

給食センターの時給は850円。年収は100万円前後。さらに夏休みなどは仕事がなくなるのだ。可純さんの児童扶養手当と合わせても月収は12万円に過ぎなかった。

自宅の家賃は1万2800円だった。

夫の借金で家族ともトラブルで疎遠・・そして闇金にまで借金していた

松谷美花被告には、北海道の実家には家族がいた。

しかし、夫の借金のせいで無断で実家の土地を担保に入れてしまいトラブルになっていた。

当然のように、遠く離れた親戚や家族とも疎遠になってくのだ。

 

夫も借金だけ抱えて離婚。家族も頼ることができない状況で娘を育てなければならなかった。

その心細さは、誰にも想像がつかないだろう。

生活はドンドン困窮していく。
母の松谷美花はいつも化粧もせずに、伸び切ったTシャツを来ていた。

しかし、愛娘の可純さんにはいつもキレイな格好をさせていた。可純さんもファッションが大好きでいつもファッション誌から飛び出したような格好をしていたという。

「母子家庭だからという理由で特別視されないよう、可純にはできる限り不自由な思いはさせないようにした」

どんなに貧しくても、大切な愛娘の可純さんに苦労をさせたくない。その一心だったようだ。

しかし、どんなに頑張っても生活は改善しない。

友人や知人から金を借りており、ついには闇金にまで手をだしてしまうのだった。13年の春に可純さんが中学校に入学する際には、制服や体操着を購入するカネがなく、ヤミ金融からさらに7万円を借り入れていた。

 

松谷美花の折れそうな心の支えになっていたのは、紛れもない愛娘の可純さんだった。

13歳で未来を奪われた愛娘の可純さん

松谷美花が自ら手にかけた可純さんは近所でも評判の明るい性格で人気者だったとう。

 

学校では常に周りには沢山の友達に囲まれていた。

母の美花被告との関係も非常に良好で、よく二人で仲良く出かける姿が度々近所の人にも目撃されていた。

近所でも娘の可純さんは人気もので、中学に上がるまでは髪を伸ばしていた。

中学に入ってバレーボール部に所属すると、髪をばっさりきって練習に打ち込んでいたという。

 

 

 

懸命に育て仲も良かった愛娘をどうして手にかけたのか?

 

松谷被告と可純さんは、仲のいい親子として知られていた。可純さんの同級生の母親は、こう証言する。

「可純さんは、いつもおしゃれな格好をしていました。ヒールのついたパンプスやロングスカートなど、見かけるたびに違う服を着ていた。まるでファッション誌から飛び出てきたようでしたよ。

一度、親子で歩いているとき、『娘さん、いつもおしゃれですね』と声をかけたことがあったんです。可純さんは嬉しそうにしていて、松谷さんも『(量販チェーンの)”しまむら”で買っているから、安く済んでいるのよ』と笑っていました」

 

懸命に育ててきた愛娘をどうして手にかけなければならなかったのか?

そこには、最後のセーフティーネットであるはずの行政が全く機能していない現実があった。

 

国民健康保険料も未納で病院にも行けなかった

松谷美花被告は、国民健康保険料も未納だった。

家賃滞納が目立ち始めたのは、可純さんが中学校に入学した直後の、12年5月ごろからだったという。

家賃の滞納が続いたため、千葉県は’13年の3月に、松谷被告に向けて県営住宅の明け渡し請求をし、入居許可の取り消しに踏み切った。それでも家賃滞納は解消されず、同年7月には明け渡しの訴訟を起こしている。訴訟は県が勝訴し、’14年8月には強制執行が決まった。

 

ここで注目すべきは13年4月5日に、金策に窮した松谷被告が銚子市役所に相談に向かった記録が残されているのだ。

保険料すら払えない松谷被告に対し、保険年金課の職員が生活保護を管轄する社会福祉課を紹介したが、生活保護制度について、窓口で十分な説明を受けられなかった。

 

十分な説明どころか、聞き取りすら十分には行われずに面接結果では『申請意思は無し』とされている。

 

生活に困窮し、最後のセーフティーネットである行政に相談にきた松谷被告。この時に生活保護を受けていたら家賃の支払いは免除され。付きに数十万の援助があったはずだったのだ。

 

結果として、行政は松谷美花と可純親子を見捨てたのだ。

そして悲劇は起こる

最後の頼みの行政に相談しにいったが相手にされず。住む家もなくなり、年ごろの娘と行く宛もなくホームレスにしてしうまうくらいなら、いっそこの手で二人の生活を終わらせてしまう・・・

松谷美花降りたのは悪魔だった。

 

公営住宅の立ち退きを前に追い詰められた松谷美花は、愛娘を手に掛けた。

 

松谷美花への批判

松谷美花はシングルマザーとして懸命に娘を育てていた。

家賃は滞納しながらも、不定期ではあったものの支払いもしていた。支払う意志はあったのだ。

一方で、娘に「悲しい思いをさせたくない」と無計画な出費を繰り返していた。これは批判されて然るべきだ。

それだけに、生活保護を受けていたとしても、娘につぎ込んでいたのではないかという批判もあった。その批判もまあ指摘されてしかるべきだ。

しかし、ネットを見てると、中にはこんな意見があった。

でも実際調べてみるとそこまで貧困ではなかったと思います。

アホか。

 

じゃあどこからが貧困なんだ。松谷美花の年収は100万程度と裁判で証明されている。年収100万で中学生の子どもをそだてられるのか?どこから。実際調べてみるとそこまで貧困ではなかったと思いますという、理解不能の妄言が出てくるのか?

 

実際に、給食センターの800円の時給で子どもを育ててみればいい。

例えば母子2人で生活保護を受けて割と裕福に生活している人もいれば、

アホか。

生活保護で割りと裕福って誰が認定するのだw

さらに

 

両親と子供2人の4人家族で生活保護を貰っている母子2人の家庭と同じ収入程で生活している家庭も多くあると思います

アホすぎw

まず、松谷美花は生活保護を受けられていない。

さらに、年収は繰り返すが100万程度だ。100万程度で家族四人で暮らしている家族が日本に何%いるのか調査したのだろうか?