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世界仰天ニュース・奇跡体験!アンビリバボー」

柳恵子さん 治療したサンフランシスコへ!世界仰天ニュースで特集される抗NMDA受容体脳炎とは?

まったく状態の改善が見られない状態で母は一度帰国する。

このとき、米国の医師からは卵巣腫瘍が抗体(抗NMDA受容体抗体)を誘発すると考えられていたため、検査で腫瘍が見つからなくても予防的に卵巣を摘出するのが、米国では珍しくなかった。

しかし、母は回復を信じるからこそ悩む。

女性にとってはやはり大切なもの。

果たして、本人の意思確認が取れないまま、治療していいものか。

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多様な意見がある中で摘出を選択した家族

なんでもかんでも摘出はよくないという意見もある。

一方で、よくなるなら一刻も早く敵手すべきという意見もある。
日本の第一人者である亀井聡・日本大教授(神経内科学)に意見を求めるとやはり、前者の答えただった。

しかし、家族は柳恵子さんの意識が回復しないまま決断する。

決断を促したのは、恵子さんの姉(29)と兄(31)の言葉だった。「残して回復する可能性があるとしても、どれだけの時間がかかるか分からない」「貴重な20代を闘病に費やすの?」。
ついにこの言葉で両親は決断する。

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12年7月、左右の患部を摘出

ついに両親は決断する。

娘が意識がもどってショックを受けたら自分が責任を取ると決意する。

そして2011年12月7日柳恵子さんは手術を受ける。
22歳の娘を持つ親としては本当に辛い決断であっただろう。

しかし、この手術が功を奏したのか高熱が治まり、抗体の数値も改善した。

8月にはICUから一般の病棟に移る。
しかし不随意運動は続き、転落事故などを防ぐためにフェンスに囲まれたベッドの上だった。

入院から一年後の12月、帰国する

そして、発症から一年が過ぎた2012年12月、チャーター機で帰国する。

その後、抗NMDA受容体脳炎の治療実績があるさいたま赤十字病院。
一ヶ月後に埼玉精神神経センターの神経集中治療病棟を経て特殊疾患療養病棟に転院した。

しかし、日本の投薬ルールで薬の量を減らさざるをえなかったために不随意運動は治まるどころか、激しくなるなどした。
その運動量たるやそうとうなもので、母親いわく、ガリガリになってしまった。

そして13年2月くらいから少しずつ回復の兆しが見え始める。

発病から6年以上がたち、恵子さんは現在、縄跳びをしたり自転車に乗れるまでに回復した。けいれん発作を止める薬を飲みながら、週5日はリハビリセンターに通って生活訓練を受けている。次の目標は、就労移行支援を受けて社会復帰することだという。

抗NMDA受容体脳炎は今でこそ「治る病気」だが10年前までは・・・

現在でこそ、抗NMDA受容体脳炎は治る病気と言われている。

しかし、ほんの10年まえまではそのメカニズムがわかっていなかったために日本でも治療経験がない病院が多い。

さらに医師に病気の知識がないために、治療まで遠回りしてしまうケースも多いのだとか。

適切な治療を受けられるための医療環境づくりが急務となっている。

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