プロ野球ファンなら誰もが日本のエースとして活躍すると期待した川口知哉。
時としてビッグマウスの発言ばかりが注目されプロ野球7年の現役生活で0勝に終わった川口知哉の現在はどうなっているのでしょうか。
プロ野球になるだけでも本当に一握りの優れた才能の持ち主。
その中でも甲子園を沸かせたヒーローだった川口知哉さんの活躍は誰もが信じて疑わなかった。
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川口知哉のビッグマウスは求められたものだった
川口知哉は平安高校のエースとして甲子園のアイドルとしてマスコミから注目を浴びていた。
長身左腕から繰り出す威力抜群のストレートは高校生で打ち込める人はほとんどいなかった。
実際に甲子園では準優勝投手として活躍しました。
しかし・・・
自信のなさからビッグマウスになった川口
誰もが自信満々に見えた甲子園の優勝投手。
しかし、実は川口知哉さんはその後のインタビューで「自信がなかった」と答えています。
川口知哉さんは自分では喋りが得意ではなかったのに、連日のようにマスコミが取材にやってくる。
確かに天狗になっていた部分はあるかもしれないが川口知哉さんは周囲の大人の期待すること、求める要求に必死に答えようとしてしまう。
18歳の少年はいつしかビッグマウスと呼ばれるようになってしまったのだ。
その後はフォームを崩して二度と剛速球は戻らなかった
川口知哉さんはプロ入りしてから七年間はまさに苦悩の日々だった。
自分のフォームを完全に見失ってしまうのです。
これは高校生からプロ入りした選手にありがちなことと言われていますが「自分のフォームを忘れてしまうことがあるというのです。
様々なコーチが川口知哉の為を思って必死に試行錯誤してくれる中でひたすら、それに従順に従ってしまった。
アドバイスを吸収してなんとかフォームを取り戻そうとするものの自分のフォームは二度と戻らなかったのです。
契約金ドロボーの罵られ野手転校
川口知哉は、結局プロ7年間で1勝もあげられないまま外野手に転校。
さらに投手に再転向を繰り返して、結局戦力外で引退してしまいます。
辛く長い二軍生活では川口知哉は「契約金ドロボー」などと野次られながらももがき続けました。
現在は女子プロ野球の監督として選手育成に尽力
そんな川口知哉さんは現在は女子プロ野球の京都フローラという球団で監督として活躍されています。
選手一人一人の特性を生かして自主性を重んる指導で大活躍されています。