2017年9月14日(木) 19時57分~20時54分放送の奇跡体験!アンビリバボーで「1998年バブル大手都市銀行員事件!埼玉マッサージ店夫婦事件が放送される。

この事件は、富士銀行行員顧客事件とも呼ばれ世間から大きな注目を浴びていた事件だ。
犯人として逮捕されたのは、富士銀行に勤務する岡藤輝光だった。※番組では小林という仮名で放送されている。

埼玉のごく普通のマッサージ店を営む夫婦と犯人の岡藤輝光に一体何があったのだろうか。
そこには、かつて、自分を育ててくれた父の姿に重なる出来事が岡藤を犯行へつ突き動かしてしまう。

夫は目が不自由ながら自宅でマッサージ店を開業。
奥さんは目の不自由な夫を支えながら、裁縫の仕事をしながら慎ましく生活していた。

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岡藤輝光1998年バブル大手都市銀行員事件!埼玉マッサージ店夫婦事件概要

この事件は1998年に起こった大手都市銀行の富士銀行の行員だった岡藤輝光が引き起こした事件だった。

1998年、埼玉県の閑静な住宅街でマッサージ店を営む夫婦が変わり果てた姿で発見された。

警察は慎重な捜査の末に大手都市銀行に勤める岡藤輝光を逮捕した。

どうして、全く無関係な人生を送ってきた夫婦が事件に巻き込まれなければならなかったのか?
さらに、逮捕された岡藤輝光はエリート銀行員として活躍。

大学時代にはラガーマンで、周囲からも一目おかれる人望のあつい人物がどうしてこのような事件に巻き込まればならなかったのか?

岡藤輝光は福岡の進学校でラグビーに打ち込む好青年だった

富士銀行行員顧客事件で逮捕された岡藤輝光は福岡で生まれた。

小さい頃からスポーツに打ち込む好青年だった。175センチ85キロの恵まれた体格で運動神経は抜群。
高校は地元でも有名な進学校に進学。

高校から大学までラグビーに打ち込むなどしていた。
「大人しいが情にほだされるところがある」そんな評判だった。

実家は決して裕福とまではいかないものの、父はトラック運転手として岡藤輝光を含めて三人の子供たちを育て上げた。
岡藤輝光の父は中学を出て働いてたいために、自分の息子にはしっかりとした教育を受けさせたかったようだ。

岡藤輝光はその期待に応えるように、勉強とラグビーに打ち込む学生時代をおくり、周囲からも情に厚い人間として成長していった。

後に岡藤輝光の妻となる女性とも大学時代に知り合っている。

岡藤輝光は大学を卒業して富士銀行に入行している。当時の日本はバブル真っ只中。その中でも大手都市銀行に就職した彼は誰がみてもエリート人生そのものだった。

この被害者と加害者はともに事件に巻き込まれるような人物ではなかった。
どこにでもいる、ごく普通の人間たちだった。

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バブル崩壊、銀行は一斉に融資を打ち切り現場の行員たちは顧客との間の板挟みで疲弊していた

人望のあるエリート銀行員と埼玉県の夫婦。
しかし、地方大学出身で、バブルの大量採用の流れに乗って入行した岡藤は、銀行の中では完全に出世コースからは外れていた。

何しろ、経済学すら学んでいないスポーツ推薦で大学まですすだ彼はかなり苦労していた。

どうして、ここに殺意が芽生えたのか。

当時の日本はバブルが崩壊。

銀行は景気がいいときは中小企業に頭を下げて融資を受けてもらっていた。
それが、景気が傾くと一気に資金回収に動く。

本当に銀行の融資が必要な時期になると、なかなか融資の決済が降りにくくなっていた。

「晴れてる日に傘を差し出し、雨が降ると傘を取り上げる」

ドラマにも使われたセリフが実際に起こっていた。
岡藤輝光もバブル時代は担当していた顧客に頭を下げて融資を受けてもらっていた。

人柄もよく人望もあった岡藤輝光は、顧客からも非常に可愛がられており彼の成績になればと岡藤輝光を助けるつもりで融資を受ける企業も多かった。

しかし・・・・バブル崩壊は岡藤輝光の顧客たちにも例外なく降りかかる。
「岡藤輝光さん、頼む、どうしてもあんたの融資が必要なんだ!」

その姿に、岡藤はかつて、自分を育ててくれた父の姿を重なってしまったのだ。

銀行と企業の立場は逆転。

とくに、岡藤輝光の担当していた運送社の業績は急速に悪化。すぐにでも銀行の融資が必要な状態だった。
ただ、銀行は回収の見込みが立たない融資を許可する訳もない。

完全に銀行と顧客の板挟みにあっていたのだ。

次のページでは後に岡藤を事件にまで駆り立てる驚愕の展開をまとめる

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