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山田千賀子が逮捕!現在は詐欺と粉飾決算で経歴を潰した原因の一つある有名アーティストへの協賛だった!

山田千賀子が逮捕されて話題になってる、山田千賀子といえば格安旅行会社てるみくらぶの敏腕女社長として一時代を築いた経歴の持ち主だ。

現在は詐欺で逮捕され山田千賀子容疑者と呼ばれている。
そんな山田千賀子社長が、どうして山田千賀子容疑者と呼ばれるまで転落してしまったのか。

そこにはある、1人の有名ミュージシャンの存在があったとも噂されている。

改めて山田千賀子が逮捕された現在の様子と経歴を見ていこう。

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山田千賀子が詐欺容疑で逮捕!粉飾決算の疑いものたれている

まずは、今回の逮捕容疑となった詐欺事件での山田千賀子の逮捕を読売新聞社の報道から引用する。

今年3月に経営破綻した旅行会社「てるみくらぶ」(東京都渋谷区、破産手続き中)が、虚偽の財務書類を示して銀行から約2億円の融資をだまし取った疑いが強まり、警視庁は8日午前、同社社長の山田千賀子容疑者(67)と、元経理担当責任者の笹井利幸容疑者(36)を詐欺と有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕した。

同庁は、同社が実質的に破綻後も集客を続けた疑いがあるとみて、財務状況の解明を進める。

捜査関係者によると、山田容疑者らは昨年6~9月、数回にわたって虚偽の決算内容を記載した財務書類などを三井住友銀行(東京都千代田区)に提出し、計約1億9400万円の融資をだまし取った疑い。2人は大筋で容疑を認めているという。

破綻したてるみくらぶの敏腕女社長として一時代を築いた経歴の持ち主・山田千賀子。

一方で、今回の逮捕容疑はなんと二億円もの巨額詐欺容疑。さらに、山田千賀子だけでなく、当時のてるみくらぶの幹部役員が合わせて逮捕される異例の事態を迎えている。

 

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山田千賀子の経歴・

山田千賀子の経歴は、決して最初から華々しいものではなかった。

【氏名】山田千賀子
【出身】島根
【前職】添乗員
【役員抜擢】26歳
【社長就任】31歳

地元の高校を卒業すると神奈川県内の大学に進学。※多くのネットメディアが高卒で就職と書いてあるが、山田千賀子は大卒である。
神奈川県内の大学を卒業後、旅行会社に就職した。

当初は営業のアシスタントや添乗員などをこなす、ごく普通の旅行代理店の女子社員だった。
その後、添乗員として業務をおこない徐々にその手腕が発揮されるようになる。

そんな山田千賀子がビジネスウーマンとしての経歴が華々しいものになっていくのは26歳のときだった。乗務員としてだけでなく営業や顧客対応など会社で自ら複数の業務を担当するようになる。

当時は男性でも、与えられた仕事をこなすだけの社員が多い中で、山田千賀子は自ら率先して業務にあたっていたという。

当然のように会社役員の間で、山田千賀子の働きぶりは評判になる。

26歳での添乗員業務のスタートからわずか5年で、てるみくらぶの社長に大抜擢されたのだ。

その後山田千賀子は、てるみくらぶの社長業務を遂行しながら、コンセプが違う株式会社さわやかプラスを設立。
雇われ社長ではなく、自らがオーナー社長としても企業活動を行っていた。

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山田千賀子は原宿の有名ビンテージマンションに住んでいた

山田千賀子は原宿駅から徒歩3分という超高給ビンテージマンションに住んでいたことが報道から明らかになっている。

しかし、てるみくぶの破産ですぐに引っ越してしまい、マスコミもどこにいるのか全く行方が掴めない状態だった。

山田千賀子は粉飾決算をつづけながらユーミンに3億円もの乱脈協賛をしていた

今回逮捕された山田千賀子は、華々しい経歴とは別に経営に対してかなりの問題点を指摘されている。

今回は詐欺容疑などでの逮捕だが、経営が傾いた要因の一つとして、てるみくぶの会社の規模にはそぐわない巨額のイベントスポンサーになっていた事が報道されている。

「『てるみくらぶ』は、会社の規模に釣り合わないような大きな音楽イベントに協賛を続けていました。14年から大幅な赤字経営に転落していたのに昨年も協賛をやめなかったようです」(イベント関係者)

「そのイベントはゆず、ミスチルなど大物ミュージシャンが参加する音楽イベント『Golden Circle』。ある音楽プロデューサーが企画したもので、山田社長は彼を通してイベントを知るようになったそうです」

山田千賀子はバリバリのキャリアウーマンだったが、一方でかなり音楽好きだったと報じられている。

その音楽の趣味が高じて、音楽イベントの協賛も社長が先頭に立って10年から始めたという。
山田千賀子がとりわけファンだったというのが松任谷由実さんだ。

山田千賀子の世代にとってユーミンは憧れの存在。
13年1月3日のユーミンの40周年コンサートへの協賛でついに実を結ぶことになる。

しかし、翌年の14年からてるみくらぶは赤字に転落していく。

七年間でざっと見積もって3億円もの協賛をてるみくらぶは行っており、赤字経営の中で一番に切り詰めるべき協賛を頑として辞めなかった山田千賀子の罪は大きい。

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