INCIDENT

中田清秀の画像!オウム幹部から暴力団・・そして村井事件の闇を知る男の晩年がやばい

オウム真理教元幹部の中田清秀が逮捕された。

オウム真理教事件ではメディアにも数多く途上。
さらに、過去には暴力団にも所属。
教団きっての武闘派として、
麻原彰晃こと松本智津夫からも信頼された
中田清秀に一体何があったのだろうか。

さらに、元暴力団で、村井事件の闇を知るのではとも言われた中田清秀の現在と過去をまとめる。

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中田清秀が逮捕!暴力団からオウムへ・・経歴とプロフィール

今年も静かに終るはずだった。
しかし。最後に大きな事件が報道された。

元オウム真理教事件の幹部で
ホーリーネーム・ジョーティス・パタトヴァチャ・ウパスータカの名前で恐れられた男。

中田清秀が逮捕された。

12/30(土) 4:34配信 読売新聞
 岐阜県警高山署は29日、同県高山市西之一色町、元オウム真理教幹部で古物商の中田清秀容疑者(70)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。

 同署の発表によると、中田容疑者は同日午後9時50分頃、自宅で長男(40)を「○すぞ」などと脅し、刃渡り約50センチの刃物で切りつけた疑い。長男は右腕や右太ももなどを刺され、病院に搬送されたが、命に別条はないという。中田容疑者の妻が110番した。中田容疑者は当時、酒を飲んでいたといい、調べに対し、「けがをさせたことは間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述している。

中田清秀は1947年生まれの70歳。

【氏名】中田清秀
【読み方】なかたきよひで
【生年月日】1974年
【年齢】70歳
【出身】名古屋

中田清秀は1974年に名古屋市北区に生を受けた。

中田清秀の父は銭湯の事業を営んでいたが
事業に失敗。

日本各地を転々として、貧しい生活を強いられていた。

流れ流れて、北海道でひとり暮らしを始めた中田清秀は
近くに住んでいた暴力団の知人の影響で

組事務所に出入りするようになる。

幼い頃から気性が荒く、中学卒業後は
暴力団事務所に出入りするようになる。

いつしか、中田清秀は暴力団の構成員となっていた。

1984年には銃刀法違反で逮捕、
1987年まで実刑を受けて広島刑務所に服役していた。

暴力団員は実刑を受けると刑期が減刑されることは少ない。

中田清秀は、刑期を満了したのち
地元の名古屋の戻って小さな喫茶店を開店している。

すでに、中田清秀はオウムに傾倒するようになっており
組事務所は、これを快く思ってはいなかった。

中田清秀のオウムへの傾倒は
目に余るようになり、組幹部に
組事務所によびだされて、こう問いただされた。

「組をとるか、オウムをとるか」

中田清秀は、即答でオウムと答え組事務所を破門されている。

組事務所を破門されたときは既に前科9犯だった。

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中田清秀のオウム真理教入信のきっかけ

中田清秀は、幼いころからならず者だった。

気性が荒い反面、非常に現実的で
どこか冷徹な一面があった。

さらに、哲学的な面を覗かせることがあった。

刹那的に目の前の欲望を消費していく自分に
中田清秀は虚しさを感じていた。

「人は死して無になる」という哲学と
自分の中に無ではない「魂」的なものを感じていた。

どこかで、刹那的な自分と
魂などのスピリチュアルな部分との間で
迷いながら人生を送っていた。

そんな中田清秀が、オウム真理教に入信するあるきっかけがあったのだ。

中田清秀の神秘体験

息子を恫喝して殺人未遂で逮捕される人間。

一方で、スピリチュアルや宗教に傾倒していく
ある体験を中田清秀は語っている。

ある日、中田清秀が
ノストラダムスの本を読んでいる時に
神秘体験に遭遇する。

中田清秀の目の前から
突然本の文字が消えて真っ白に発光しだした。

中田清秀はこの体験に驚き
一気に仏教や神道に古代文明やUFOなどの
オカルト的なものにさらに傾倒していく。

そして、オウム真理教が勧誘のきっかけにしていた
ヨガの修行に夢中になっていく。

独学で、中田清秀は修行を敢行。
自称、多くの神秘体験をする中で
「魂の存在ならびに死後の存続を確信」
という発言に至っている。
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オカルト雑誌の麻原彰晃の記事に魅了される

すでに、オカルト的な物に
魅了されていた中田清秀は
オカルト雑誌の「トワイライトゾーン」「ムー」など
ありがちな雑誌の中で
ある人物に興味をひかれる。

それが麻原彰晃の記事だった。

中田清秀は麻原の著書
「超能力・秘密の開発法」を購読するようになる。

そして、その中に書かれたシャクティーパットや行法で
神秘体験をした信者がいることに興味を示す。

その神秘体験に興味を抱いて
中田清秀はオウムに強く興味を抱くようになっていた。

神奈川県の丹沢で集中セミナーが
開催されるとのオウムからの案内が
送られてきたことをきっかけに
断酒や修行により人生の転換を期待し
セミナーへの参加を決意する。

麻原は承認欲求を満たすのが得意だった

そんな中田清秀はオウムが開催するセミナーに参加した。

しかし、中田清秀の中で麻原彰晃は
本当に信頼にたるものなのか半信半疑だった。

そこで中田清秀は、麻原彰晃に幾つかの質問をする。

すると、威厳をもって接していたのにもかかわらず
中田清秀の質問に一つ一つ丁寧に答えていった。

そして、麻原彰晃は完全に中田清秀の心の隙間を読み取ったようだ。

麻原彰晃は人生に迷っていた中田清秀に
時分が何者かを説明したのだ。

「君は過去生でチベット密教のニンマ派だった。そして、相当修行していた」

この事で中田清秀はオウムに入信を決めたというのだ。

中田清秀は入信後は武闘派として「全宇宙オウム連合麻原一家」を名乗る

麻原彰晃は中田清秀を「使い勝手のいい人間」と捉えてたようだ。

中田清秀は教団の中でも、元暴力団というい肩書を使って武闘派を自称。

「全宇宙オウム連合麻原一家」を名乗って
強引な不動産契約や、拳銃などの不法な武器の調達をしていた。

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