INCIDENT

ナターシャカンプシュ オーストリアのウィーンで10歳少女誘拐事件!監禁3000日を生き抜いた10歳美少女

ナターシャカンプシュという美少女を地下室に監禁し続けた凶悪誘拐犯vs監禁3000日・・

オーストリアのウィーンで1998年に発生した事件・・

10歳で誘拐された彼女は民家の隠し部屋に3096日間監禁されていました。

彼女が犯人から逃亡するまでに、二転三転する驚愕の事態に。

オーストリアのウィーン ナターシャカンプシュ誘拐事件

10歳で拉致されてから3096日間もの長期に渡って誘拐されていたナターシャ。

初めに今回の事件の登場人物をまとめてみたいと思います。

 

被害者:ナターシャ

名前:ナターシャ・カンプシュ
年齢:30歳
当時:10歳
生年月日:1988年2月17日
出身:オーストリア・ウィーン対岸ドナウシュタット生まれ。

犯人:ヴォルフガング

犯人名:ヴォルフガング・プリクロピル
年齢:当時35歳
享年:44歳

地獄の3096日・・誘拐されたのは10歳の少女だった

ナターシャ・カンプシュさんは、オーストリア・ウィーン対岸ドナウシュタット生まれの当時10歳。

事件当日の朝は、いつもと変わらない普通の日々でした。

10歳のナターシャ・カンプシュさんは、その日も、普段通りに勉強道具をバックに入れて学校に登校するたまめに自宅をでるのです。

しかし、彼女は登校の途中で何者かによって白いマイクロバスに引きずり込まれてしまうのです。

ナターシャを誘拐したのは通信技術者の元エンジニアとして働いていいて、当時は失業中だった35歳のボルフガング・プリクロピルだった。

ボルフガング・プリクロピルはナターシャカンプシュを自宅ガレージの下に作ったわずか5.6平方メートルしかない小部屋に誘拐した。

ナターシャ誘拐時には目撃者がおり捜査大規模に行われた

ナターシャが誘拐されたとき、白いマイクロバスに押し込まれる姿を目撃した生徒たちがいました。

警察は、ナターシャの自宅近辺に住む住人たちを中心に徹底捜索を開始。

ナターシャが白いマイクロバスに引きずり込まれるのを見たと、12歳の目撃者が証言したことで一時は犯人と接触するまでに警察は犯人を追い詰めることに成功する。

警察は大がかりな捜索を開始し、776台のマイクロバスを調べた。その中にはボルフガング・プリクロピルの車もあった。彼はナターシャが暮らす家から30分ほどのところに住む通信技術の元エンジニアだった。

しかし・・・

警察はボルフガング・プリクロピルのアリバイを信じて取り逃がす大失態を犯す

警察はナターシャを誘拐した犯人で元通信技術のエンジニアのボルフガング・プリクロピルに一度はたどり着いていました。

目撃証言を元に、警察は付近の776台のマイクロバスを調べた結果、犯人のマイクロバスを捜査したいたのです。

しかし・・・

プリクロピルにはアリバイがなかった。マイクロバスを所有していることを認めたが、仕事でいろいろなガラクタが出るので、それを自宅に持って帰るのに必要なのだと主張した。警察はその説明を真に受けた。

警察は、この証言を信じてしまい、ナターシャの誘拐犯ボルフガング・プリクロピルを取り逃がしてしまう。

そして、ナターシャは地下室の小部屋に8年間もの間、監禁されることになる。

その間には、なんとナターシャの母にまで殺害の疑惑がかけれてしまうのです。

捜査は難航・・そして母親にナターシャ誘拐の疑惑がかけられる

犯人を逮捕寸前で取り逃がしていた警察の捜査は難航を極めます。

国民の関心は母が犯人ではないかという疑念が生まれてくるのです。

警察の大規模な捜索はメディアを通じてオーストリア全土に放送されます。

「警察がこれだけ捜査してもナターシャが見つからないのはやはり・・母が怪しいのでは。」

そんな疑念がオーストリアの国民の声となってあがってくるのです。
警察が捜索するも手がかりは無し…母が殺害したのではと国民から疑われる事態に発展してしまうのです。

地獄の監禁生活と犯人

ナターシャは警察が犯人と接触しながら取り逃がし、国民は母に疑いの目を向けるという最中で彼女は一体どうやって生活していたのでしょうか。

そこには、想像をはるかに絶する監禁生活が待っていたのです。

防音の地下室に閉じ込められていました。扉はコンクリート製で、出入り口は金庫でふさがれ脱出は不可能。

プリクロピル容疑者は、自宅のガレージの下に掘った6平方メートルに満たない地下室に彼女を閉じ込め、幼いカンプシュさんには「ドアや窓には爆弾が仕掛けてある」と伝えた。また、両親は彼女のことを忘れたとも言い聞かせたという。

プリクロピルは、ガレージ下の窓のない防音の地下室にナターシャを閉じ込めた。広さはわずか5平方メートルで、扉は鋼鉄で補強されたコンクリート製だった。この出入り口は金庫で塞がれていた。

 「お前はもうナターシャじゃない。俺のものだ」

そう言い放ったのです。

お前の両親は身代金の支払いを拒否したと嘘をつく

犯人のプリクロピルは当時10歳のナターシャに2つの嘘で洗脳を試みる。

1つ目が監禁するための嘘
2つ目が絶望しここの留まらせるための嘘

ドアや窓には爆弾が仕掛けてある

ナターシャは頭脳明晰だった。

しかし、当時はわずか10歳。

プリクロピルの幼稚な嘘に付き合ったのか信じ切ったのかは定かではないが彼女は

「ドアや窓には爆弾が仕掛けてある」

というプリクロピルの発言を後に証言している。

お前の両親は身代金拒んだ

さらに犯人のプリクロピルはナターシャに絶望を与えることで、監禁生活でしか生きれないように洗脳しようとしたのだ。

「お前の両親は身代金の支払いを拒んだ。お前はお払い箱なんだ」

プリクロピルはナターシャにそう言い聞かせたといいます。

8年間の監禁生活の間に生まれてしまう憎むべき犯人との絆

ナターシャとプリクロピルの監禁生活は8年に及びます。

その間、ナターシャにはごくわずかの食事しかプリクロピルは与えようとしませんでした。

それは、犯人のプリクロピルがナターシャの成長を拒んでいるかのようだったのです。

思春期になると暴行を繰り返すが・・

ナターシャは10歳で誘拐され、食べ物もわずかしか与えられません。

当然のように発育は極度に遅れていたのですが、思春期を迎えるころには、ついにプリクロピルは彼女に対して毎晩のように暴行を繰り返したと言われています。

※後のナターシャの自伝では「軽い接触はあったもののプリクロピルは強引に奪おうとはしなかった」との証言もしていました。

後のafp取材では、「叫ぶことはありませんでした。私の体が叫べなかったのです。でも無言で叫んでいました」と述べています。

8年間もの間に彼女は犯人よりも大人になってしまった

ナターシャが誘拐された当時は10歳だった、

犯人のプリクロピルはナターシャをなんとか子供のままでいさせようとした。

一方で、ナターシャはプリクロピルが仕事に行っている間は家事をこなし、与えられた本と新聞とラジオで独学で社会に取り残されないようにしていた。

暴力で支配されているものの、犯人のプリクロピルのマザーコンプレックスにい対して彼女がそのコンプレックスを補うような存在になっていたのかもしれない。

そして、プリクロピルも次第に気が緩みはじめナターシャを地下室から自宅で生活させるなどしていた。

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