世界仰天ニュース・奇跡体験!アンビリバボー」

オードリー・ドアリングと心臓疾患を乗り越え双子姉妹の感動再会がクリスマスの奇跡の実話と話題に!母のジェニファーの愛がアンビリバボー

2017年12月14日(木) 19時57分~20時54分放送の奇跡体験!アンビリバボーで2016年心臓病を克服した10歳の少女オードリー・ドアリングと双子の姉妹の奇跡の再会が特集されることがわかった。

オードリー・ドアリングと双子の姉妹の再会は「クリスマスの奇跡」として、昨年多くの感動を呼んだのだ。

そこで、改めてアメリカ・ウィスコンシン州のドアリング夫妻に養子に出されたオードリー・ドアリングのクリスマスの奇跡をまとめる。

全米を感動の涙に包んだある少女に起こった奇跡の実話!

昨年12月、全米を感動の涙に包んだある少女がいた。オードリー・ドアリング、10歳。
2007年、中国から1歳の女の子を養子にとったアメリカ・ウィスコンシン州のドアリング夫妻。オードリーと名付けた女の子には心臓疾患があり、幾度となく大きな手術を受けたが無事成長。しかし10歳になったオードリーは、両親と血縁関係のある3人の兄達と違い、幼少時代を孤児院で過ごしていたことに負い目を感じ、悩む年頃になっていた。そんな娘をみて、母親がオードリーの赤ちゃんの時の写真を見せてあげたいと、孤児院から当時の写真を取り寄せて見てみると、そこには瓜二つの赤ちゃんが!オードリーは双子だったのだ。その後、母親が娘のためにとった行動とは!?

全米を感動の涙に包んだオードリー・ドアリングに起こった奇跡の物語

2016年の12月、全米を奇跡と感動の涙で包んだある少女がいた。

その名前はオードリー・ドアリング。

オードリー・ドアリングはどこにでもいるような普通の10歳の少女だった。

しかし、オードリー・ドアリングが同級生と違うことと言えば、2007年、中国から1歳の時に養子に出されたことくらいだった。

中国から1歳の女の子オードリー・ドアリングを養子にとったアメリカ・ウィスコンシン州のドアリング夫妻だった。

ドリアング夫婦は「オードリー」という名前を付けて大切に育てていた。

ジャニファードアリング夫婦には実の子供が3人いた。
しかし、三人とも男の子だった。

ドアリング夫妻にとってはオードリーが待望の女の子だったのだ。

オードリーは心臓疾患で幾度となく大手術を受けながらも成長していた

ドアリング夫婦にとって待望の女の子だったオードリー。

しかし、オードリーは幼いころから心臓が弱く、小さい身体で幾度も大手術を乗り越えて成長していった。

心臓の手術はその都度、命の危険に晒される上に、小さい身体で全身麻酔とうだけでもかなりのリスクがある。

にもかかわらず、両親と3人の兄の愛情を受けて小さい身体で見事に成長していった。

そして、オードリー・ドアリングが10歳の頃になると、自らの出生について思いを巡らすようになっていく。

母のジャニファードアリングは10歳の節目にある行動にでる

オードリーは10歳になって、少しずつ自らの出生に負い目を感じる年頃になってきていた。

優しい3人の兄はみな母の実の子供たち。

自分は中国の孤児院で過ごしていた事に負い目を感じていたのだ。

母は娘のそんな姿に自分のルーツに誇りをもって欲しいと思っていた。
母親のジェニファーがオードリーの赤ちゃんの時の写真を見せてあげたいと、孤児院から当時の写真を取り寄せることにしたのだ。
娘も10歳の節目に自分のルーツをしっかりと知りプライドを持って欲しいと思っていたのだ。

ジェニファーは夫と一緒に、養子の子供たちの出生についての調査を専門的に行っている団体に調査を依頼した。

すると、そこからドラマのような展開がまっていたのだ

オードリーの写真をみて両親は絶句する

オードリーがどのような両親と家族の間に生まれたのか。

どうして孤児院で養子に出されなければならなかったのか。

そんな疑問をもちながら程なくして調査団体からレポートが届く。
そこにはオードリーが赤ちゃんのころにいた孤児院に保管されていた一枚の写真がはいっていた。

その写真をみてジェニファーは絶句するのだ。
オードリーと見分けがつかないほどそっくりな女の子が写っていたのです。オードリーに生き別れになってしまった姉妹がいることが判明した瞬間だった。

ジェニファーは夫とともに、娘のオードリーの生き別れになった姉妹を探すことで娘が自分のルーツに誇りを持てるようにと願い、本格的にオードリーの姉妹を見つけようと捜索を開始する。

程なくして、オードリーの中国名が「瑰(グイ)」で、姉妹の名まえは「玫(メイ)」であることが分かったのだ。

実は、その名前にもドラマがあったのだ。

中国では2つの名前が一つになる言葉を双子に付ける事があった

オードリーの中国名が「瑰(グイ)」で、姉妹の名まえは「玫(メイ)」であることが分かってから、また新たな事実が発覚する。

二人の姉妹の名前をあわせると「玫瑰」

玫瑰は中国語でバラを意味する言葉だったのだ。

中国では一般的にこういった名前の付け方は双子の子供たちに付けるのが風習だったのだ。

二人は双子だったのだ。

しかし、オードリーの姉妹の玫(メイ)の捜索は非常に難航していた。

SNSで拡散するも玫(メイ)の捜索は難航

両親は自分たちのFacebookや中国の養子縁組の情報提供しているFacebookなど様々なSNSを駆使して捜索を開始した。

夫婦の書き込みは拡散はしたもののメイの行方は、分からないままだった。

そんな中で夫婦はある1人の医師に出会うことになる。
アンドレア・オルセン医師のウェブサイトに辿りついたのだ。

オルセン医師は中国から養子として渡米した双子に良く見られる選定性の病気を研究していた。
オードリーもこの心臓疾患を抱えて生まれてきたのだ。

オルセン医師なら、双子の姉妹を診察しているかもしれない。

そう考えたジェニファー夫婦はオルセン医師に事情を説明するメールを送信したのだ。

それから数日、オルセン医師から返信が返ってきた。

オードリーと同じ誕生日を持つメイという名まえの少女を治療したことがある
その子供の名前はグレイシー・レインズベリー。

ジェニファー夫婦は早速}SNSに「グレイシー・レインズベリー」と打ち込んで検索すると、まさに奇跡が起こる。

そこにはオードリーにそっくりな「グレイシー・レインズベリー」が映っていたのだ。

早速、両親は「グレイシー・レインズベリー」の両親に連絡を取ることにする。

趣味や好きな食べ物、仕草や表情・・双子ならではの共通点が沢山あった

すぐに両親たちは交流をスタートさせる、

そしてクリスマスの数日前に二人ははじめてチャットで再会を果たすのだった。

趣味や好きな食べ物から仕草や表情まで何から何までがウリ2つだったのだ。

そして、ついにテレビのスタジオで生き別れ異国に養子に出された姉妹が奇跡の再会を果たすのだった。