2016年11月11日(金)19時00分~19時56分放送の爆報!THE フライデーでついに【銀座No.1マダムA 事件】がついに放送されることがわかった。

爆報ミステリー!実録!名前の出せない芸能界事件簿第11弾「銀座No.1マダムA事件」身に覚えのない罪に問われた若手歌手!真犯人は一体!?

 

予定では先週の放送だったが、一週間ずれ込んだ模様だ。

 

さて、この銀座No.1マダムA事件は実に昭和を揺るがす一大スキャンダルだった。
なにしろ、銀座No.1マダムA こと山崎美智子28歳は、テレビや雑誌などのメディアに引っ張りだこの美人セレブママ兼実業家として有名だったのだ。

その銀座の女王と呼ばれたAこと山崎美智子がどうして、真犯人の伊東和義こと韓和義の犠牲にならなければならなかったのだろうか?

そこには、銀座の夜の街の虚像に飲み込まれた人間の悲しい過去があった。

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銀座No.1マダムA 事件の衝撃の結末はある若手歌手の告発から事件が発覚した・・

銀座No.1マダムA事件は銀座の女王Aこと山崎美智子の他に様々な人間が登場する。
まずは、登場人物から改めてまとめよう。

銀座の女王マダムA・・山崎美智代28歳 北海道生まれで父は市議を務めるなど裕福な家庭に育っていた。銀座でも抜群の美貌と聡明な会話ですぐにホステスとしてナンバーワンに。

真犯人・・伊東和義こと韓和義23歳。福島出身の韓国と日本のハーフで金融ブローカーや芸能マネージャーを名乗るが電気も止められろうそく生活だった。

若手歌手b・・・当時19歳。名前は少年のため非公開。歌手志望で岐阜から上京したばかりの青年。遺棄の疑いで共犯として逮捕されてしまう。

中野のスナック・バーの経営者・・・若手歌手の勤務先の経営者で相談されて、警察に通報した。

銀座の女王マダムAこと山崎美智代と伊東こと韓和義は銀座の夜のやみに飲み込まれた・・

銀座のマダムAこと山崎美智代は北海道の樺太の生まれ。父は江別市議を務めるなど、子供の頃から裕福で厳格な家庭に育った。

 

昔堅気の父は、女は黙って三歩後を下がって歩けと言うような昔気質の人間。
山崎美智代は幼い頃から、そんな父からの自立心が高い子供だった。学業の成績も優秀自分の力で生きていきたい、そんな気持ちを幼い頃から持っていたのは父からの独立心があったのかもしれない。

そんな山崎が銀座の夜の街でホステスを始めたのは二十歳そこそこだった。

 

山崎美智代は誰もが羨む美貌と抜群のスタイル。それにどんなホステスよりも頭の回転が早く、財界や芸能界などのトップは誰もが彼女を指名するようになっていく。
何しろ、プライドの高い男の扱いは父親の存在で嫌というほど身についていた。

 

あっという間に銀座ナンバーワンホステスとして君臨するようになる。

 

一方で、そのサクセスストーリーをテレビや雑誌がほっておくわけもなく、いつしか彼女は銀座の成功者として様々なキャッチャーがつくようになっていく。

 

『銀座の女王』『一億円の貯金を持つマダム』

 

いつしか、彼女はそんな呼ばれ方でスターに上り詰めていった。
実際に、若干28歳で銀座のバーのママとして活躍する傍らで、赤坂のパレスマンションに高級レストラン「ローヤルパレス」をオープンするなど美人なセレブ実業家として有名になっていた。

 

そんな彼女は店のオーナーから認められて昭和41年11月に芸能人が通い詰める一流クラブのニューラテンクォーターから当時のお金で500万円、現在のお金で5000万円に及ぶ支度金で銀座のクラブ、ブラックタイのマダムにまで上り詰めていた。

 

しかし・・実は、それは表の顔にしか過ぎなかった。
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経緯トラブルで実情は火の車・・自転車操業で伊東こと韓和義に借金を申し込む

銀座の女王、銀座マダムAなど様々な呼び名で呼ばれていた山崎美智代にはある経営トラブルを巡って共同経営者に毎月60万円という金額を毎月のように支払わなければならない状態だった。

 

毎月の様に金策に走っていた銀座マダムAこと山崎美智代が、あてにしたのが23歳にして芸能マネージャーや金融ブローカーとして羽振りよく飲んでいた昔の客の伊東こと真犯人の韓和義だった。
以前の店、ラテンクォーターで、派手に飲んでいた韓和義。

 

11月3日・・銀座マダムAこと山崎は真犯人の韓和義に100万円の融資を依頼したのだ。

 

そこで悲劇が起こる・・・。

 

韓は、小切手で融資の返済を迫っていたが、なんと姑息な男だった韓和義は小切手を噴出したとウソをついて、新しい小切手を要求したのだ。

 

真犯人の韓和義の姑息な手に、頭の良い山崎美智代が騙される訳もない。
激しく、韓を罵ると、韓は逆上してついに悲劇が起こったのだ。

 

この韓和義とはどのような男だったのか?

伊東和義こと韓和義は福島の生まれで父は韓国人でパチンコ屋やキャバレーなどを手広く経営する男だった。母は日本人。ハーフとして生まれたのが和義だった。

 

昔から自分を実力以上に大きくみせることが多く、大した稼ぎもないのに派手な生活を好んでいた。
東京に出てきてからも、下町の卸問屋で住み込みの仕事をしていた。

 

しかし、そんな真面目な生活がつづくわけもなく、程なくしてその住み込みの仕事も辞めてしまう。
その後は芸能マネージャーや金融ブローカーなど、適当な事を言っては派手に飲み歩いていた。

 

次のページでは驚愕の事実が発覚します!!!
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