2016年12月2日放送の金スマでのだめモデルともなった野田あすかさんが登場することがわかった。

金スマでは野田あすかさんを一年半に渡って密着取材。広汎性発達障害のピアニストとして活躍されています。
そして野田あすさかんの母親についても触れられるものと思われます。

野田あすかさんの、のだめモデルとなった話題や彼女の広汎性発達障害についても触れていきたいと思います。

個人的は発達障害は一つの個性として考えています。ぜひ余計な詮索をせずに最後までお読みいただけたらと思います。
実際に彼女はこう言っています。

「障がいを乗り越えてとか言われるけど、そういうのはあまり好きじゃなくて、これからも乗り越える気もなくて」と無邪気に笑う彼女。
その後の言葉がとても印象的だった・・

「苦しみとともに生きて行きたい」

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広汎性発達障害のピアニストとして金スマに出演する野田あすかさんの経歴

野田あすかさんは四歳からピアノを習い始める。

まず、結論からいうと彼女のテクニックはとんでもないものです。

小学校の頃からいじえめにあい、自傷行為を繰り返していた。

その傷は今も彼女の腕に残っている。

一件普通のピアニストどころか、天才的なピアニストと言われている。
しかし、そんな彼女は一般社会で生活するには、まだまだ理解が深まっておらず困難を伴うとされる広汎性発達障がいと診断されている。

広汎性発達障害の特徴
●コミュニケーションが苦手
●こだわりが強い
●感覚の敏感や鈍感
●ワガママやなにを考えているか分からないと見られてしまい周囲から孤立してしまう

そんな症状が出始めたのは野田あすかさんが高校生の頃だった。

次第に周囲から距離を置くようになっていく。
しかし、その症状は大学に入学しても症状は悪化の一途を辿って行く。

様々な症状が同時多発的に併発してしまった為に大学も退学を余儀なくされてしまった。
そのストレスは野田あすかさんを極度に追い詰めて行くようになる。

「見えるはずのないものが見える」
「自傷行為をくりかえす」
「夜中に徘徊する」
などの行為を繰り返していた。

野田あすかさんのお父様はその徘徊や自傷行為を何とか抑える為に娘の、あすかさんの手首と自分の手をしっかりと結んで就寝するなど家族にとっては「地獄の日々」だったそうだ。

野田あすかさんは大学を辞めてから、周囲との接触を避けるようになっていった。
そんな彼女を支えたものは・・・四歳から始めたピアノだった。

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周囲から断絶した野田あすかさんを救ったのはピアノだった

対人関係のストレスから様々な症状を併発。
社会から孤立していたあすかさんは、幼いころから始めたピアノが彼女の救いとなるのだ。そのピアノがあすかさんの心の支えとっていた。

一週間に一度のピアノのレッスンは野田あすかさんにとって、人生の大きなターニングポイント担った。
その指導を担当したのが宮崎学園短期大学の教授・田中幸子さんだった。

田中幸子教授は野田あすかさんの事をこう評価している。

「彼女の感性は本当に素晴らしいものがある」
「何よりも努力をする才能」これが素晴らしいという。

その感性と、類まれなる努力はいつの間にか隠れていた野田あすかさんの才能を開花させていく。

国内コンクールで次々に賞を獲得した彼女は、2009年カナダ・バンクーバーで開催された国際障害者ピアノフェスティバルに出場。見事に銀賞に輝くのだ!

中でも、野田あすかさんが編曲を手掛けたある曲が国際的な評価を受ける。
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