へダウン症の天才書家、金澤翔子の一人暮らしが今日の金スマでテレビ放送されることが21日わかった。
ネットでは金澤翔子 一人暮らしの場所はどこか?高尾台や久が原、ひとり暮らしは大丈夫なのか、オートロックはついているのかなど心配の声が上がっている。

「30歳になったらひとり暮らしをする!」アメリカのニューヨークで開催された国連本部の『世界ダウン症の日』行事のスピーチで、こんな宣言をした天才書道家の金澤翔子さん。

しかし、72歳になる母はきっと一週間でねお上げて帰ってくるのではないか?

そんな心配をよそに、金澤翔子さんは周囲の温かいサポートを受けてたくましく育っている。

スポンサーリンク


天才書道家の金澤翔子さんのプロフィール


まずは天才書道家の金澤翔子さんのプロフィールをまとめる。

金澤翔子さんは1985年東京都目黒区で生まれる。しかし、程なくしてダウン症であることが判明。
そんな彼女を母親はのびのびと育てる決意をする。

5歳で始めた書道に彼女は没頭していく。

そんな金澤翔子さんは小学校3年生まで近所の普通学級に通っていた。
しかし、4年生進級と同時に学校から特別学級に変更を通告される。

急激な環境の変化はに耐えられなくなった彼女は登校拒否になる。
時間を持て余す金澤翔子さんに母親は得意の書道で「般若心経を書かせよう」と思い立った。

金澤翔子さんはなんと10組くらいの書道を書きまくった。
その集中力たるや素晴らしいものがあったのだ。

次第に金澤翔子の書道は話題になり20歳の頃に銀座で初めて個展を開催。これをきっかけに一躍書道家として活躍することになる。

母の金澤泰子さんは70歳の今が一番幸せと語る

金澤翔子さんのお母様の金澤翔子さんはなんとこの美しさで70歳を超えている。

一体この上品さは、生まれ持ったものなのか。
1943年、千葉県生まれ。
1962年、明治大学入学。

書家の柳田泰雲・泰山に師事。
1990年、東京・大田区に「久が原書道教室」を開設している。

大学を出てから鉄道学校に入り直し、国鉄(現JR)に入社して、成田や両国、千葉の駅長を務めたというお父様の影響だろうか。

スポンサーリンク


30歳になったらひとり暮らしをする!!そう公言していた金澤翔子さん

雑誌やテレビなどマスメディアでも度々取り上げられる金澤翔子さんは度々30歳になったら「ひとり暮らしをする!!」と公言していた。

昨年、ついに三十路を迎えていた。

しかし、母は「翔子にはまだひとり暮らしは到底無理」だと思ってた。
どう考えても一人になるのはむずかしいのではないか。そう考えていたが、本人が各地で宣言したために、「一人暮らしはしたんですか?」と聞かれるために本人も、行動せざるを得ない状態になったのが良かったようだ。

大田区の久が原で一人暮らしを始めた金澤翔子さん

現在、金澤翔子さんは大田区の久が原で一人暮らしをしている。

普通に、近所の商店街に買い物にいくなど一人暮らしを謳歌している。
一人暮らしの舞台は鉄筋コンクリートの打ちっぱなしのおしゃれなマンション。

料理も積極的にこなしている。
キチンとお父さんの遺影にもその日の料理をお供えしている。

さらに、金澤翔子さんは、すっかりひとり暮らしの地域にも馴染んでいる。

行きつけの喫茶店のマスターとはすかり顔なじみに。
大好きなコーヒーを楽しむなど、ひとり暮らしを楽しんでいるようだ。

なにはともあれ周囲の方々のサポートもあって見事に一人暮らしを謳歌する素晴らしい彼女。
そんな金澤翔子さんが一人暮らしで唯一と言っていいほどの失敗もあった
次のページでは、微笑ましい失敗をまとめます!

スポンサーリンク


次ページに続きます

ページ:

1

2
コメントは利用できません。