今日放送の奇跡体験アンビリバボーで、その衝撃の黒幕犯人の現在の真相が放送される。この事件は豊田商事会長刺殺事件ともよばれ、贅沢の限りを尽くした金の亡者となった永野一男の衝撃の最後で国民からは事件は終わったものとなっていた。

しかし、日本の犯罪史上最悪とも呼ばれた、巨額の豊田商事サギ事件はこれからが本場だった。

誰もが資金回収を諦め、だれも被害者の会の弁護士を引き受けない中で、一人の弁護士が立ち上がった。その名は、中坊公平。

今回は、豊田商事詐欺事件と豊田商事会長刺殺事件、さらにこの事件の為に立ち上がった弁護士達をまとめてご紹介する。

◇日本の歴史上最悪の詐欺事件『豊田商事事件』。その裏側で“弁護士の正義”と“人としての正義”、難しい選択に迫られた弁護士たち。彼らが被害者救済のため自らの信じた正義を貫いた、知られざる壮絶な戦いを取り上げる。

スポンサーリンク


豊田商事サギ事件

日本史上最悪の巨額詐欺事件

この事件は黒幕の犯人永野一男会長をトップとした豊田商事が金の時金をつかった悪徳商法で多くの人間が詐欺にあった。
いわゆるペーパー商法や現物まがい商法を用いた組織的詐欺事件だ。

高齢者を狙った被害総額は2000億円

豊田商事は1981年に前身となる「大阪豊田商事株式会社」設立してた。

その後、豊田商事株式会社に改名して、空売りした金を会社に預けさせて利率を稼ぐとそそのかして、ペーパー商法やオーナー商法を行っていた。

豊田商事事件の現物まがい商法

現物まがい商法(げんぶつまがいしょうほう)とは、商品を販売するが顧客に現物を渡さず、その商品の運用、管理、保管などを行うと称して、一定期間、預かり証等しか交付しない商法をいう。期間後、顧客は、その商品購入の価格以上の利益を得られるとされる。「ペーパー商法」「オーナー商法」とも呼ばれる。

豊田商事の現物まがい商法詐欺は金がメインだった。
この他にも代表的な商品としては、貴金属、宝石、観音竹(観音竹商法)、和牛(和牛商法)などがある。

豊田商事以外にも度々、巨額詐欺事件を起こしてきた。

2011年8月 安愚楽牧場・・・4207億6700万円
1992年   茨城カントリークラブ(常陸観光開発株式会社)・・1200億円
2008年9月 ワールドオーシャンファーム・・・849億円
1985年  投資ジャーナル・・・580億円

豊田商事詐欺商法とは?

豊田商事の詐欺商法はとくに悪質なものだった。その多くの被害者は将来に不安がある日中暇な主婦、もしくは相談相手のいない孤独な老人などだった。

客は金の地金を購入する契約を結ぶが、現物は客に引き渡さずに会社が預かり「純金ファミリー契約証券」という証券を代金と引き替えに渡す形式を取った。

このため客は現物を購入するのか確認できず、実態は証券という名目の紙切れしか手許に残らない現物まがい商法(ペーパー商法)と言われるものであった。
豊田商事の営業拠点には金の延べ棒がこれ見よがしに積まれていたが、後の捜査によってそれは「ニセモノ」であったことが明らかになっている。

まずは、全国にパートの女性を中心にしたテレアポを一斉に開始する。

テレアポで見込み客を発掘

興味がる、もしくは付け入る隙がある高齢者や主婦を中心に営業部隊が訪問。

営業マンは老人や主婦を狙う

老人の場合は家に上がると線香をあげたり身辺の世話をしたり「息子だと思ってくれ」と言って人情に訴えるなど相手につけ込み、インチキな契約を結ばせていった。
主婦の場合は将来の不安を煽りながら「銀行に預金を預けても金利は付かない、その預金を金に変えるだけで金利でもお金を増やそう」とそそのかすのだ。

さらに豊田商事は、会長の永野一男が最初の就職先がトヨタ自動車のグループ企業である日本電装だったために、トヨタ自動車を連想させるという理由で社名がつけられて有名芸能人を使ったCMなどのブランドと安心を装って被害者を急増させていった。

黒幕の犯人の永野一男会長の豊田商事詐欺事件は、ある意味で時代に乗った詐欺事件だったとも言える。

それは、全国的に金に対する国民の関心は高まっていた時代だった。

1981年に国内金輸入量は史上最高を記録。このため私設の先物取引市場が横行し、それに伴う被害も多く、社会問題になっていた。

豊田商事の前身の大阪豊田商事も私設市場を舞台に先物取引を扱っていた業者の一つだった。しかし、この時点で市場での取引も実際は殆どしておらず、詐欺まがいの集金をしていた。
さらに、営業マンたちには超高額のインセンティブを付けることで詐欺行為に没頭させていった。
トップ営業マンの月収が数千万だった、年収ともなると、軽く億を超える年収のトップ営業マンが全国にゴロゴロいた。
その数だけ被害者もいたのだが。

スポンサーリンク


豊田商事会長刺殺事件

豊田商事詐欺事件は、すぐに社会問題として表面化していった。
永野一男会長は何台もの高級車を乗り回し、自家用ジェットまで購入。贅沢の限りを尽くしていた。

しかし、詐欺なのでいずれバレて社会問題化するのは誰もがわかっていた。
会長の自宅マンションには連日マスコミが押しかけていた。逮捕間近との情報もあり、自宅マンションの玄関の扉の前にカメラを並べその時を待っていた。

そして午後4時30分すぎに事件は起こる。
被害者の元上司に当たる自称右翼の男2人が現れる。

この被害者の元上司を名乗るIとYが永野会長の部屋の前に姿を現した。
2人は張り込んでいたガードマンに「永野に会わせろ」と要求。連絡を取るためにガードマンが階下に下りた後とんでもない行動に出る。

永野一男の玄関横の窓ガラスをけやぶり自宅に侵入。
銃剣で永野一男会長を亡き者にしたのだ。

永野会長はマスコミのカメラの前でその被害にあった姿が晒されることになった。
多くのマスコミの前での凶行に「どうして誰も止めなかったのか」という意見もあったが、当然の報いとして支持する声もあった。

平成の鬼平!中坊公平ら正義の為に!弁護士達の戦い

あまりにも衝撃的な永野一男会長の最後。さらに豊田商事詐欺事件はこの初撃的な永野一男会長の襲撃事件により、国民の多くの興味はすぐに冷めていった。

しかし、多くの被害者の多くは預金を豊田商事に騙し取られていた。
自業自得だという世間の批判もあり、二重三重の苦しみを味わっていた。

被害者の会が発足するも、多く弁護士は資金回収による身の危険や資金回収そのものの難しさに、誰も弁護士を引き受けたがらなかった。

「金に目がくらんだ被害者は仕方がない」
「騙された方が悪い」
など、豊田商事詐欺事件は被害者にも厳しい声が上がっていた。

さらに、2000億円とも言われた被害額にも関わらず、永野一男会長の最後の所持金は711円だった。
多くの金は営業マンの報酬と永野一男の投資の失敗の補填に当てられて金は殆ど残っていなかったのだ。

世間の声と、資金回収の見込みは殆どない案件。

この中で、後処理を引き受けたのが、後に平成の鬼平と言われた中坊公平弁護士だ。

スポンサーリンク


正義の弁護士中坊公平

【氏名】中坊 公平
【読み方】なかぼう こうへい
【生年月日】1929年8月2日 – 2013年5月3日
【学歴】1953年 京都大学法学部卒業
【出身】京都府京都市出身

中坊公平が一躍注目をあびたのが森永ヒ素ミルク中毒事件だった。
さらに、千日デパート火災テナント弁護団の団長に就任するなど、徹底した社会的弱者を法律によって救済する正義の弁護士と言われた。簡単に言うと日本の憲法を破壊してお友達だけに利益供与する安倍晋三と真逆の正義の人間といえばわかりやすい。
次のページでは、中坊公平の正義の戦いをまとめる!

スポンサーリンク



次ページに続きます

ページ:

1

2
コメントは利用できません。