元女優の若林志穂さんが、週刊女性で初撃の告白をしている。

なんと、「天まで届け」で長女役として人気を博した若林志穂さんが、天までとどけのスタッフから陰湿イジメを受けていたと告白しているのだ。

世田谷区で発生した事件との遭遇でPTSD心的外傷後ストレス障害に悩ませれてきた若林志穂さんに、一体何が合ったというのだろうか。
若林志穂さんといえば堺雅人さんとの共演も話題になるなど実力派女優として順調に芸能界のステップを上がっているはずだった。

週刊女性では4月の仙台の中学二年生のイジメや福島原発から横浜に転校してきてイジメに合った子供たちなどを引き合いに出しながらインタビューが始まった。

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若林志穂の経歴とプロフィール


まずは、天までとどけの長女役として活躍した若林志穂さんの経歴プロフィールをご紹介する。

【氏名】 若林 志穂
【読み方】わかばやし しほ
【生年月日】 1971年9月6日
【年齢】45歳
【学歴】堀越高等学校卒業。
【出身】東京都新宿区

若林志穂さんといば、誰もが知っている超人気の昼ドラ、「天までとどけ」や「大好き!五つ子」などの人気シリーズに出演していた。

若林志穂さんの芸能界いりは中学一年のときだった。レブロン・アクアマリンイメージガールのオーディションにて優勝して芸能界デビューを果たしている。

1985年2月には歌手デビューするなど、アイドル歌手としても活動していた時期もあった。
そして、若林志穂さんの人気が不動のものとなるのが伝説の昼ドラだった。

1991年、TBS系ドラマ『天までとどけ』の長女(待子)役で人気を博す。

しかし、ある事件に遭遇したことをきっかけに芸能界を引退する。

「復帰するつもりはありません。今日で私は芸能界を引退します。なぜ?本物の事件を見てしまったら、演技なんてできません。本物を越えることはできないんです」といって芸能界を去っていった。

若林志穂さんと堺雅人さんは「張り込み」で共演して好評を得ていた!

【張り込み】は団地妻のすみれとを若林志穂さんが演じて、不倫相手の英会話教材のセールスマンを堺雅人が演じている。

今では想像もつかない、堺雅人の激しいシーンが話題になっていた。
同時に、若林志穂の高い表現力と団地妻というありがちな設定ながら独特の存在感で演じきっていたと評判になっていた。

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若林志穂さんの突然引退の事件とは?


そんな人気絶頂の若林志穂が突然の引退に追い込まれる事件が発声する。
自宅から稽古場に向かう途中にとんでもない事件を目撃してしまうのだ。

その事件とは?一体どのような事件だったのだろうか。

事件が起こったのは2001年8月26日のことだった。
若林志穂さんが世田谷区にある自宅マンションから稽古場に向かう途中に事件が起こる。

警察官と刃物を振り回す男を目撃してしまった。

若林志穂さんは、犯人と目があってしまい、頭は逃げなければと想いながらも身体が思うように動かなくて後ずさりするだけだったという。
この事件では警察官と揉み合いになった犯人の両者がなくなっており、当時の痛ましい記憶からPTSD心的外傷後ストレス障害を引き起こしてしまったと言われている。

さらに、若林志穂さんが事件を目撃したことを知らない友人が、事件のことを面白おかしく語る姿に激昂してしまうなど、周囲に人がいなくなっていった。

結局、療養が必要との判断から所属事務所との契約も解除。事実上の引退状態になっていた。

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若林志穂の現在は化粧品をプロデュースするなど裏方として活躍


若林志穂さんは現在では引退した20109月に化粧品ブランドのSを立ち上げるなど活動の幅を広げている。

その間も病院への通院と投薬治療は継続していたという。

そんな若林志穂がどうして、週刊女性に陰湿イジメを告白するに至ったのか。

それは、今年5月19日に放送された『爆報! THEフライデー』(TBS系)がきっかけだったようだ。

若林志穂さんを一躍人気スターにお仕上げた番組でもあり、若林志穂さんご本人にとっても欠かせないメンバーだった。

 その子どもたちのまとめ役が若林が演じた長女の待子。最初のシリーズではナレーションも担当するなど、ドラマには不可欠な存在だった。

しかし、若林志穂さんには番組から声がかからなかったという。
それだけではない、長女の待子が存在していないかのような作りになっていたと言うのだ。

しかし多くのファンは待子を忘れていなかった

なんとも言い難い感情の中で、若林志穂さんを救ったのは彼女をおぼえていた多くのファンの声だったという。

ネットを見てみると“長女の待子ちゃんは?”という声を目にして、ファンの人が私のことを覚えていてくれたのがすごくうれしくて私はここ何十年間もかなり苦しかったから……。
ファンの方たちに報告するときが来たと思いました

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若林志穂さんは遂に、週刊女性に陰湿イジメを告白する


若林志穂さんは遂に、週刊女性に陰湿イジメを告白する。

個人的には、心が繊細すぎる若林志穂さんの被害妄想的な印象を受けなくもないが・・・・

以下、引用になります。

長年、彼女は苦い思いを胸に秘めてきたが、番組で再会するきょうだいたちを目の当たりにしさまざまな“裏切り”を告白する決心をしたのだ。

「『天まで』パート3のとき、撮影現場で人の持ち物がなくなるということが多発しました。ある日、メイクさんのフェイスパウダーがなくなって怪しいと思われる子のカバンを開けようという話になりました。

 私は長女だったからか、岡江さんに呼ばれ“この子のカバンを見てよ”と言われたんです。そしたら、そこにフェイスパウダーが入っていました。周りの人たちと、本人に言ったほうがいいのではないかと、スタッフさんに相談したんです。でも、プロデューサーさんたちは、“その子の将来があるから”と犯人探しを嫌がったんです」

 結局、盗難騒ぎはそこでうやむやになってしまったという。だが5年後、パート8の打ち上げのときに、意外な言葉が彼女を襲う。
「きょうだい役の男の子たちや、綿引さんのマネージャーさんもいる中でスタッフの方から“おまえ、人の物を盗んでたんだってね。

 スタッフみんな『こいつが泥棒か』と思って撮影してきたんだよ”と言われたんです。

 隣にいたきょうだいたちはみんな事情を知っているのに“待子はそんなことしないよ”って、誰ひとり言ってくれなかったんですよ。

 その瞬間、これまでひとつひとつ築いてきた『天まで』の8年間はなんだったんだと。裏切られた気持ちでいっぱいになりました。私は人の物を盗んだこともないのに、そんな終わり方ないでしょって。

 ドラマの設定は家族なのに、なんでここまで温度差があるんだろうと思いました」

 ショックを受けたまま、ドラマは終了。その2年後にはあの事件が起き、PTSDになってしまう。

さらに 『天まで』のメンバーに最後に会ったのは、9年前に亡くなった三男・公平役の金杉太朗さんのお葬式だった。なぜなら、彼女は2年後に行われた20周年のパーティーに参加できなかったから

’10年ごろに五郎から“食事会があるから”と連絡が入ったんです。ただの食事会だと思ったので、病気を治すことを優先して、行かった。

当日みんな集まっているところに電話をしたんです。綿引さんに代わってもらったら“待子なにやってるんだ? 脚本家の方も目が見えてないのに来ているんだ”と言うんです。ほかの人とも話していたんですが、途中でいきなりブツッと五郎に電話を切られた

その後、ツイッターを見て、そのときの食事会が20周年のパーティーだったと気づく。

東日本大震災のとき、『天まで』の監督から五郎にきょうだいの安否を確認するよう連絡があり、彼から連絡が来たのだがみんな待子のことが嫌いだから》と書いてあり五郎はいつも私に突っかかってくる

などと報告している。

しかし、週刊女性の取材に五郎役の須藤公一に事実を確認すると

何度も何度も、そんな事ないよ、そんな事誰も思ってないよ、そんな事誰も言ってないよと言っても待姉の気持ちを変えてあげること、待姉の誤解を解く事はできませんでした。

と所属事務所をとうして回答があったという。

母のように慕っていたという岡江久美子さんも若林志穂さんの精神的に心配しているようだ。

泰葉、松居一代、豊田真由子、若林志穂・・・・新たなプッツン女優系の登場か、はたまた、芸能界の陰湿イジメの被害者か、今は健康で幸せに暮らしているというのが唯一の救いだ。

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