1967年昭和42年に起きた羽田空港大爆破事件が奇跡体験アンビリバボーで放送されることが3日わかった。

奇跡体験!アンビリバボー
2017年8月3日(木) 19時57分~20時54分
【実録!羽田空港大爆破事件】逃避行の犯人を追え!日本中を異例の大捜索!!目的は一体!?戦慄!悪魔計画の全貌

この事件では番組の中では犯人は赤木という仮名が使われているが、犯人は資料によると青野淳という男性だった。

事件は1967年昭和42年に羽田空港の国内線ロビーで起こった驚愕の事件。
警察はなんと被害者の男性を事情聴取した。

その被害者の男性は、赤木(仮名)という人物の犯行であると語っのだ。

犯人はどうして、羽田空港のトイレを爆破したのか。そして、この男を選んだ理由には驚愕の事実があった。

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1967年(昭和42年) 羽田空港大爆破事件の事件概要

1967年、昭和42年と言えば、過激派が活動していた時代。

羽田空港大爆破事件以外にも「みどりの窓口事件」や「ひかり21号事件」さらに「山陽電鉄事件」など様々な事件が立て続けに起きていた時代だ。

この事件は、今から50年前の1967年に羽田空港でおきたビル爆破事件が話題になる。

この羽田空港大爆破事件では五名の負傷者を出しており内2名は重症だった。

【羽田空港大爆破事件の事件概要】

1967年(昭和42年)2月15日 午後19:05ごろに事件は起こった。

羽田空港ビル国内線ロビー一回の男子トイレで爆発物が爆破。
5人が重軽傷を負った。

警察は、被害者を含めた関係者を片っ端から事情聴取した。

その中で、被害者のAさんから重要証言が取れた。
「犯人はボートをしている青野淳という男だ。赤木は愛人の女性と駆け落ちして逃げている。」

警察はこの証言を元に日本中に赤木を指名手配。

青野淳と愛人は事件から約20日後に宮崎県高千穂町で緊急逮捕された。

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羽田空港爆破事件の犯人の名前は青野淳!その驚愕の目的とは?

本日放送の奇跡体験アンビリバボーでは羽田空港大爆破事件の犯人の名前は赤木という仮名で放送される。

しかし、資料によると、羽田空港大爆破事件の犯人は青野淳という羽田空港の中でボーイとして勤務している男性だった。

そして、捜査線上には青野淳の愛人の女も浮上。

結局、全国に指名手配されて宮崎県高千穂町の民宿「国民宿舎ホテル高千穂荘」で捜査員によって逮捕された。
事件は解決したかのように見えたが、青野淳と愛人の供述によって二人の犯行理由と目的が明らかになる。

青野淳は当時23歳。

なんと、青野淳はとんでもない幼稚な動機があったのだ。

「自分に似た友人を飛行機に乗せて飛行機を爆破して自分は死んだことにしたかった」

青野淳は、自分の背格好が似ている人物が飛行機に乗る予定を知って自分の身代わりに事件を起こそうとしていた。

しかも青野淳は自分の懲役刑から逃れるために身代わりをたてたというのだ。

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羽田空港の爆破は青野淳が草加次郎を真似た模倣犯だった可能性も指摘されている

今回逮捕された青野淳は実は、犯行を模倣した可能性が高いと言われているのだ。
1962年から1963年にかけて起きた「草加次郎事件」だ。

この事件は、事件は解決しないまま1978年9月5日に時効が成立。戦後日本の犯罪史に名を残す未解決事件となっている

最初の犯行は11月4日だった。歌手・島倉千代子の事務所に届いた差出人不明の小包が突然爆発。事務員がケガをする。

小包の中には黒色火薬とマッチで作られた爆弾装置がセットされ、開封すると作動する仕掛けになっていた。包み紙の表には「祝」と「呪」の文字。裏には「草加次郎」「K」の文字があり、鮮明な指紋も残っていた。

その後、1カ月あまりの間に、都内で爆発事件が続発する。

●11月13日 六本木のクラブホステス宅で郵便物が爆発。

●11月20日 有楽町の映画館ロビーでボール箱が爆発。

●11月26日 日比谷劇場でボール箱が爆発。

●11月29日 世田谷の電話ボックス内で石川啄木歌集のケースが爆発。

●12月12日 浅草寺境内でエラリー・クイーンの小説に仕掛けられた爆薬を発見。

これほどハデに犯行を重ねても、捜査当局が犯人を特定できないまま、年が明ける。すると、捜査当局をあざ笑うがごとく、草加次郎の手口は凶暴さを増した。

7月15日、上野でおでん屋主人が銃撃され、瀕死の重傷。数日後、被害者の体内に残っていたものと同じ弾丸が、草加次郎の署名入りで警察に郵送されてきた。

9月5日には、地下鉄銀座線の車両でタイマー式爆弾が炸裂。10人が重軽傷を追う惨事となった。

ごく普通の日常生活の中、いつ、どこで被害者になるかもしれない。人々は底知れぬ不安を感じた。

草加次郎が最後のターゲットに選んだのは、当時人気絶頂だった女優・吉永小百合である。事務所にピストルの弾丸入りの脅迫状を送りつけて現金を要求。実行されない場合、吉永小百合を殺害すると予告していた。

脅迫状には、現金の受け渡し方法として、青森行きの急行列車から、指定の日付け・時間にカネを投げ落とすよう指示されていた。

これは、黒澤明監督の映画『天国と地獄』で描かれた身代金受け渡し場面とソックリだった。

警察は犯人逮捕の好機と考え、現金投下ポイント一帯に大規模な捜査陣を配置。だが結局、最後の投下合図が出ないまま終わってしまった。犯人は、右往左往する警察の様子をニヤつきながら眺めていたのかもしれない。

以後、草加次郎は完全に姿を消す。警察が逮捕したのは模倣犯だけ。ついに事件は、昭和53年9月5日、時効が成立した。

引用元:日刊大衆より

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