2017年9月29日(金) 20時57分~22時54分放送の「今夜解禁!ザ・因縁」で浅香光代さんと隠し子が実名で登場、さらに父親がだれなのかを告白するのではと話題になっている。

現在のところ、ネット上では重宗雄三の名前が浅香光代の子供の父親としているが、川島正次郎ではと一部の週刊誌は報じるなど、情報は錯綜ぎみだった。

※追記ですが・・息子さんの顔が鈴木善幸にそっくり・・・そして鈴木善幸の息子さんも政治家の鈴木俊一・・。果たして真相は。。

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川島正次郎か重宗雄三か・・浅香光代の子供の父親は大物政治家Xだった!

浅香光代さんは2014年、4月14日にあるイベントに出席。そのイベントの席上では浅香光代さんが報道陣に囲まれていた。

週刊誌等で自らに隠し子がいること。
さらに、その浅香光代の父親が大物政治家Xであることを公表していた。

当然のように、マスコミは浅香光代の子供の父親探しに躍起になっていた。
大物政治家で首相経験があり、そんな情報が流れながらも、浅香光代はテレビ朝日系「グッド!モーニング」の取材で浅香は前言を翻し、「首相になりかけたが、なれなかった人」と訂正したのだ。

完全に、浅香光代劇場が幕を開けていた。

マスコミは浅香光代の発言に完全に振り回されていたのだ。

川島正次郎の経歴とプロフィール、政界の寝業師として影で君臨した大物

川島正次郎は、川島 正次郎(かわしま しょうじろう、1890年(明治23年)7月10日 – 1970年(昭和45年)11月9日)は日本の政治家。旧姓柳原。栄典は従二位勲一等旭日桐花大綬章している。

川島正次郎は政界の寝業師と言われ、政局のプロとして長らく与党を動かしていた。
国務大臣北海道開発庁長官、国務大臣行政管理庁長官、国務大臣自治庁長官、自民党幹事長、自民党副総裁を歴任。
川島派(交友クラブ)領袖であり、長く自由民主党副総裁として、自民党のナンバー2に君臨した人物だ。

【氏名】川島正次郎
【読み方】かわしま しょうじろう
【生年月日】1890年7月10日
【年齢】満80歳没
【学歴】 専修大学経済学科卒業
【職歴】 専修大学総長 千葉工業大学理事長

ナポレオン時代のフランスの政治家・ジョゼフ・フーシェに例えられ「江戸前フーシェ」や、「寝業師」、「道中師」、「おとぼけの正次郎」と渾名されたりもした。

川島正次郎は政界で長く生きていくすべとしてナンバー2で入ることを徹底していた。

そして、多くの
政治語録を残していることでも有名だ。

「政界一寸先は闇」
「要は勝つこと。負けた後に文句を言っても何の解決策にもなりませんよ」(大野下ろしに成功した直後のコメント)
「やはり野に置け蓮華草」(荒舩清十郎が深谷駅問題で運輸大臣を辞任した際のコメント)
「70年代は自共対決の時代になる」

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2014年1月に浅香光代は婦人公論でS氏不倫と隠し子を公表

浅香光代さんは2014年1月の婦人公論で自らが20代の時に大物政治家のS氏との不倫関係を公表。
さらに、大物政治家のSとの間にかくし子がいることも公表して話題になったのだ。

相手とは大蔵大臣だった泉山三六の紹介で知り合い、後に自民党の重鎮となったS氏(故人)とのことだった。

浅香光代の子供の父は誰だと話題になっていた

浅香光代から発せられた大物政治家のS氏との不倫と隠し子騒動。

その相手が浅香光代さんが「墓場まで持っていく」としたために、この大物政治家は誰だと話題になっていたのだ。

「本当は元首相なのではないか、と見る人も多いんですよ。あまりにも大物すぎて憶測報道されるとまずいので、慌てて否定に走ったのでは」(芸能関係者)

今年1月に浅香が「婦人公論」(中央公論新社)で、20代の頃に政治家と不倫したことを告白。相手とは大蔵大臣だった泉山三六の紹介で知り合い、後に自民党の重鎮となったS氏(故人)とのことだった。

「浅香さんの年齢から計算すると、20代になったばかりの頃で、泉山が第二次吉田内閣の大蔵大臣を務めていた。そして同じ内閣で官房長官を務めていたのが、なんと佐藤栄作なんです」(前出・関係者)

次のページでは浅香光代さんと浮名を流した別の代議士やこれまでの隠し子の父とされた名前をまとめる

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