90年台に人気アイドルとして活躍した川越美和さんが35歳で孤独死していていた。引退理由とともに孤独死の現在真実に同年代の中江有里さんもショックを受けていた。

川越美和さんといえばアラフォー世代にはとても懐かしいアイドル歌手で女優としても活躍されていた。

デビューは東京ドームが出来たか出来ないかの1988年。
川越美和さんがデビューした年はソビエト連邦がゴルバチョフ書記長の元でペレストロイカを開始、
日産自動車が「セフィーロ」を発売。CMキャラクターに井上陽水を起用し「くう・ねる・あそぶ」のキャッチコピーが話題を呼び大ヒットするなど、激動の年だった。

そんな、川越美和さんの謎の孤独死が報じられた。
個人的には、あのドラマの主題歌、「涙くんさよなら」が印象的だ。

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川越美和さんのプロフィール

川越美和さんのプロフィールをまずはご紹介しよう。

川越美和さんは鹿児島県肝属郡大根占町出身。

1973年1月3日生まれ
身長162cm
デビューは1988年10月「Looking at You」で15歳の若さで歌手デビューした。

90年代に女優やアイドル歌手として活躍し、2007年に突然の引退、そして一年ほどたった2008年4月に孤独死している。
享年35才という若すぎる死だった。


大人になった今、久々にこの曲を聞くと・・・・
なんとの言えない感情に襲われるのは私だけだろうか。

さらに、川越美和さんの晩年を知ってしまうと、胸が詰まる思いだ。

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週刊女性PREMIUMで孤独死の真相が明かされる

「本当に足の踏み場もないので驚いていたら、“オークションに出すんです”って言っていました。芸能界にいたころは、広尾あたりに住んでミニクーパーに乗っていたそうです。

 でも、芸能関係の悪い人間に引っかかって、何かの保証人になってしまったみたい。それで、本人に金銭の請求が来るようになり、“悪い輩に騙された”って寂しそうに話していました」(城野氏)

 テレホンアポイントの仕事は半年ほどで辞めてしまう。そのために’07年の末ごろには会社が提供していたマンションを出ることになるのだが、ここでまた問題が。

「犬が爪で引っかいたのか、部屋の床や壁がめちゃくちゃになっていたんです。彼女は80万円くらい請求されてましたね。そのころから精神状態がひどくなって。

 ある日、錦糸町のクリニックから出てきたら、コンビニのビニール袋みたいな大きさで2袋分くらい薬をもらってきていたんです。10種類くらい服用しているようでした」(城野氏)

 その引っ越しトラブルについては彼女の元上司だった大野計氏も鮮明に覚えていた。

「彼女じゃ埒があかないので実家の父親に電話したら“勘当した”って言うんですよ。お酒を飲んだり金使いが荒かったりといろいろあったようで、“次に会うときは骨を持って帰るときだ”って断られてしまったんです」

 その後、品川区内のアパートに引っ越したが、家賃滞納のため3、4か月ほどで出ることに。そして、大田区内にある羽田空港にほど近い、木造アパートに逃げ込むように移ったという。

「’08年4月に引っ越して1週間くらいで、大家さんが異変に気づいたそうです。警察と一緒に入ったら川越さんはひとりで死んでいたそうです。死因は心不全とかじゃないかな。亡くなってから発見されるまで3、4日たっていたと聞いています。

 少し前に会ったときは、食事をしていないようで、ガリガリでかろうじてしゃべっているような感じでした。部屋には犬のエサの袋が何個か積んであったみたいですが、お腹をすかせた犬が破いたのか袋が散乱していたそうです」(城野氏)

突然の引退理由はなぞのまま・・結婚もしていなかった

ちなみに、引退理由はやはり金銭トラブルとの情報もあるが、正式なものはわかっていない。

さらに、スチャダラパーのメンバーとの交際も噂されたが、噂の域は出なかった。
晩年は犬二匹と生活していたようだ。

同性代の中江有里さんも報道で涙ぐむ

最後まで芸能界への未練を語っていた川越さんについて、ドラマで共演したコメンテーターの中江は「川越さんは一つ年上で、レコード大賞新人賞を受賞していて、私にとっては輝かしい、目指すべき存在でした。現場ではおとなしく、自分から前に出ていくタイプではなく、そんなところも私は好きだった」とコメント。

「孤独死と聞いたときに、芸能界は華やかで仲間が多いと思われがちですけど、実はみんな孤独でライバルなんですよね。同じ仕事をしている仲間ではあるけどライバルだった。その距離感を持ち続けているのが宿命ではあるのですけど『私に何かできることはなかったかな』とちょっと思いました」と語った。

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