元ABCアナ安部憲幸さんを振り返る。伝説の10.19日本シリーズやパワプロの実況として、その安定した美声を轟かせた安部憲幸さん。

脳梗塞や胃がんなど、晩年は病魔との戦いだった定年まで現役アナとして活躍した数少ない名アナウンサーだった。
パワプロなど名言・名実況で活躍していた。

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安部憲幸の経歴プロフィール

安部憲幸さんの経歴やプロフィールを泊めた。

【氏名】安部憲幸
【読み方】あべ のりゆき
【生年月日】1945年5月8日
【年齢】満71歳没
【学歴】國學院大學文学部日本文学科
【経歴】朝日放送アナウンサー 朝日放送ラジオ局次長 朝日放送ラジオ局コメンテーターなど

なんといっても、安部憲幸さんは生涯現役アナウンサーを勤め上げた数少ないアナ。
さらに1994年には、テレビゲーム『実況パワフルプロ野球’94』(コナミ発売)で、スポーツゲームの実況という初の試みに挑戦。以来、長期に渡り同シリーズ(パワプロシリーズ)の実況を担当した。

さらに、アラフォーのプロ野球ファンには伝説になっている1988年には、10.19(1988年10月19日、川崎球場で行われたロッテ対近鉄ダブルヘッダー)の第2試合のテレビ中継の実況を担当した。

また、鈴木啓示さんのノーヒットノーランの実況を急遽担当するなど、歴史と記憶に残る名物アナだった。

安部憲幸さんは胃がんや脳梗塞など病魔と闘っていた

定年後もフリーアナウンサーとして活動していく予定でしたが、新しい冠番組が決定していた矢先に、安部憲幸さんは脳梗塞に襲われます。

脳梗塞の後遺症でアナウンサーとしては致命的な喋りにも後遺症が残ってしまった。

お酒が大好きな安部憲幸さんは、晩年はノンアルを飲みまくっていたとか。

安部憲幸さんが実況した10.19とは?

10.19 川崎球場 最終戦 1 of 2

安部憲幸さんが実況した伝説の10.19は球史に残る試合だった。

10.19 川崎球場 最終戦 2 of 2

この日の対ロッテ・ダブルヘッダーに連勝すれば近鉄が8年ぶり優勝、1試合でも引き分ければ西武の4連覇が決まるという大一番。第1戦を4対3で制した近鉄だったが、第2試合は2度リードしながら同点とされ4対4で延長戦へ。当時のパには4時間を超えたところで新しいイニングには入らないという規定があり、10回裏を終えた時点でタイムアップ、無念の引き分けとなった。第1試合9回に劇的決勝ホームを踏んだ鈴木貴久と中西太ヘッドとの抱擁、第2試合9回裏のロッテ・有藤道世監督の猛抗議、優勝がなくなりむなしく10回裏の守備に就く近鉄ナイン……。数々の名シーンを生み、テレビで緊急生中継が行われるなど、「10.19」として今も語り継がれる名勝負だ。

大石、新井、ブライアント、鈴木、淡口、
西村、愛甲、水上、山本功・・・

牛島、小川、阿波野、吉井。

名選手が沢山いた時代のダブルヘッダーを中継したのが安部憲幸さんだった。

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安部憲幸さんの名言といえば・・

安部憲幸の名言といえばなんといってもパワプロの
パワプロシリーズでは、「ビシッ!」「ガツーン!」「ドカーン!」といった擬音絶叫は名言の一つだ。

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