渋谷暴動事件で指名手配されていた大阪正明がついに逮捕された。現在の顔写真画像は未だ未公開だが、あの指名手配の写真は誰もが一度は見たことがあるだろう。

さらに時効停止など、イレギュラーな対応でついに昭和のテロリストが逮捕された。

果たして、共謀罪があったら大阪正明の事件は防げたのか?余程のバカではない限りわかるだろう。答えはNOだ。

大坂正明が逮捕の一報にまたも政府による悪法隠しの声の!

まずは大阪正明逮捕の一報を毎日新聞から引用しよう。

大阪府警が広島で公務執行妨害容疑で逮捕の男

 1971年に東京都渋谷区で起きた渋谷暴動事件で警察官を殺害したとして、警視庁公安部が殺人容疑で指名手配していた中核派の活動家、大坂正明容疑者(67)とみられる人物が広島市内で公務執行妨害容疑により大阪府警に逮捕されていたことが捜査関係者への取材で分かった。顔や体の特徴などから大坂容疑者の可能性があるという。警察当局は、本人かどうかDNA型鑑定するなどして、慎重に確認を進める。
引用:毎日新聞

大阪正明はあの澁谷暴動事件で警察官を殺害したとして視庁公安部が殺人容疑で指名手配していた中核派の活動家だ。

事件直後から大阪正明はすぐに行方をくらます。所在不明で46年間もの間逃走していた。その間、公安は尻尾すらつかめないでいた。
報道によると、大坂正明は1971年11月に沖縄返還協定の批准阻止を訴える中核派系全学連活動家らとともに東京都渋谷区で機動隊と衝突してた。

中核派は未だに細々と活動を続けたいた

中核派は70年代以降、多数のゲリラや内ゲバ事件を起こしたとされる過激派極左。
当時はかなりの勢力と人数を保持してたものの、既に時代の片隅に追いやられて、現在は4700人が活動してると警察は試算しているが、その活動実態は表には出ていない。

しかし、警察庁は16年11月、「捜査特別報奨金」制度の対象に指定。中核派は同月の機関紙で「不屈に戦う大坂同志を守ろう」などと呼びかけていた。
もはや、活動のための活動といった側面が大きくなっていたようだ。

たしかに当時のバリバリの活動家もすでに60代70代になり体力も追いつかなくなって行ったのだう。

どうして大坂正明の時効は成立しなかったの?

それにしても、どうして46年前の犯罪の時効が成立しなかったのか。

これは大阪正明の共犯の奥深山が一審懲役15年で控訴中の1981年に精神疾患のために公判停止になっており、共犯者の公判中を理由に刑事訴訟法254条2項の規定で公訴時効が停止していたほか、2010年に殺人罪の公訴時効が撤廃されたためである。

中核派の渋谷暴動事件とは?

渋谷暴動事件(しぶやぼうどうじけん)とは、1971年11月14日に日本の東京・渋谷において発生した暴動事件。

1971年11月10日に沖縄県で打たれた沖縄返還協定批准阻止のゼネラル・ストライキ(11・10ゼネストまたは沖縄ゼネスト)に呼応して渋谷・四谷などで行なわれた「沖縄返還協定批准阻止闘争」で、革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)の学生ら約400人が1971年11月14日、渋谷で警戒中の機動隊や渋谷駅前派出所を火炎瓶等で襲撃。中核派の学生らが規制しようとした関東管区機動隊新潟中央小隊(新潟中央警察署)に所属する巡査を鉄パイプで殴打した後、大坂正明が火炎瓶を投擲。巡査は翌15日午後9時25分に死亡した。他3人が重傷を負った。
警察はこの事件のデモ隊を指揮した委員長松尾真を逮捕、大坂と星野文昭・荒川碩哉・奥深山幸男ら中核派の学生7人を犯人と特定し、その内大坂以外の星野・荒川・奥深山ら6人が1975年8月までに逮捕・起訴された。

スポンサーリンク



スポンサーリンク

コメントは利用できません。