2017年7月20日(木) 19時57分~20時54分放送の「奇跡体験!アンビリバボー」で【昭和ミステリー事件】として八宝亭中華店家族4人一家事件が特集される。

この事件は昭和26年、1951年の戦後間もない混乱の時期に起きた謎の多い事件だった。

まずは番組概要からご紹介しよう。

◇1951年、中華料理店『八宝亭』の夫婦と2人の子供が被害にあった。家からは現金と通帳が盗まれていた。容疑者は2カ月ほど前から『八宝亭』で働きはじめ、2階の部屋を間借りしていた第一発見者の中村(仮名)。そして中村の証言によれば、事件の前日から店に住み込みで働き始めた女がいたという。この女は事件前夜、親戚と名乗る男となにやら会話をしており、しかも朝には2人ともいなくなっていたという。捜査は逃げた男女と、第一発見者である中村、この両面から進められた。果たして、この事件に隠された真相とは・・・!?

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築地八宝亭一家事件の概要

まずは、この事件の事件概要を簡単にご紹介する。

築地八宝亭一家事件(つきじはっぽうていいっかさつじんじけん)とは、1951年(昭和26年)2月22日に中華料理店『八宝亭』で発生した事件だ。

1951年2月22日、東京都中央区築地にある中華料理店「八宝亭」で、経営者(当時48歳)、妻(40歳)、長男(11歳)、長女(10歳)一家4名が被害者となっている、

事件現場となった八宝亭は普通の事件現場と比較しても常軌を逸した現場となっていた。

捜査の結果、現金4万円と残高14万円あまりの預金通帳、女物の腕時計、財布などが犯人によって奪われていることがわかった。

この事件の第一発見者は、中華料理店の料理人として働いていた山口常雄25歳。
山口常雄は警察に「一家が亡くなっている」と通報した。

八宝亭の料理人で第一発見者となった山口常雄は当初から、警察に積極的に事件捜査へ協力。
その証言から、ある一人の女の容疑者が浮上する。

山口常雄は警察にこう証言した。前夜からこの店で雇われ、事件直後から行方不明となった太田成子が怪しい。

山口は警察だけでなく、マスコミにも積極的に情報提供をしていた。
当然、警察だけでなくマスコミからも注目される存在となっていた。

程なくして成子こと西野ツヤ子が逮捕される。

しかし、事件は意外な展開を迎えることになる。

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事件は1951年昭和26年2月22日に築地八宝亭で発生

戦後間もない1951年、昭和26年2月22日午前9時半ごろ東京築地警察署に一人の男性がやってくる。

中華料理店の見習いコックの山口常雄だ。

「主人一家が●されている」

警察はすぐさま現場に急行するが、現場は想像を絶する現場となっていた。

通常、この手の事件の場合は第一発見者は疑われる事が多い。
しかし、山口常雄は築地署に頻繁に出前に出ており署員とは顔見知り。

山口常雄は明るく人懐っこい性格で社交的男で育ちの良さもあり、すぐに捜査線上からは消えていた。

さらに、積極的に捜査員に情報提供をしていた。かなり具体的な事件解決につながる重要証言を捜査員に提供していたのだ。

「朝9時過ぎ、ゴミ屋の鈴の音で目を覚まし階下へ降りると4人が死んでいた。凶荒の前日21日午後4時ごろ、女中募集の張り紙を見て、26、7歳の女がきた。昨夜は3畳間で寝たが、夜中にその女を訪ねて来た男がいた。女の親類だと言っていたが、顔は後ろ向きでわからなかった。25、6歳ねずみ色のオーバーに紺ズボンだった。女の名前はたしか太田成子だったと思う」

次のページでは消えた女の正体と衝撃の真犯人をまとめる!

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