中居正広のキンスマスペシャル大人気北村上野の事件簿!が2017年7月7日(金) 20時57分~22時54分放送される。

2008年5月21日、早朝4時、事件が起きた。

確かに息はあったが倒れていた女性。駆けつけた警察は目撃証言もなく、神社から落ちたような後があった。

しかし、ある理由から事件はすぐに打ち切られた。

その4年後、夫は上野正彦の元を訪ねたのだった。

今回はメインは「戦後最大の誘拐「吉展ちゃん事件」の裏にも上野が絡んでいた!」が放送される。

そして元監察医の上野正彦医師のもう一つの事件が放送される。
「病死か事故か殺人か…謎多い転落死?を暴く!』いスポットを特集する。

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北村弁護士の相棒・上野正彦元監察医

日本が誇る、名監察医だった上野正彦医師。

そして弁護士の北村弁護士。
ベストセラーとなった著書「死体は語る」の著書としても有名だ。

未解決事件の最後の取手として現在も活躍してる。

【氏名】上野正彦
【読み方】うえの まさひこ
【生年月日】 1929年1月1日
【年齢】88歳
【学歴】1954年東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る

同年東京都監察医務院に入り監察医となる。1984年には同医院の院長。

その間、1981年から厚生省医道審議会委員、1984年杏林大学医学部客員教授を務める。

そして1989年に監察医務院長を定年を待たずに退官。
退官後執筆した『死体は語る』が大ベストセラーになり、以後テレビ、雑誌などで活躍。

・日本推理作家協会会員
・文筆活動の他に日本被害者学会理事
・お茶の水医療福祉専門学校グループ名誉校長
・杉並精神作業所アゲイン運営委員長
・社団法人東邦大学東邦会監事

数々の要職を歴任するなど法医学業界から、上野正彦は絶対的な信頼を得ていた。

さらに法医学者の視点から見た文芸作品を執筆している。

今まで語られることがタブーとされてきた遺体について「悲しくもあり、また不謹慎だが笑える仕事」としてわかりやすく世間に解説した。

幼児虐待の末に我が子を死に至らしめた親に対する怒りと悲しみなどお失恋の末に自殺した性別適合手術を受けた元男性を女性と思って解剖した際の驚きのほか、同性愛者で女性より男性の方が繋がりが強い理由などが書かれている。

さらに上野正彦医師は翻訳までしてる。
・『L.A.検死官極秘ファイル』トニー・ブランチ, ブラッド・シュレイバー 監訳 (イースト・プレス, 2003.11)
・『美しき死体のサラン<純愛> 監察医が泣いた 天国で結ばれた女と男』ムーン・グッチン 監訳(青春出版社, 2004.6)

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事件は今から約10年前に起こった

2008年5月21日、早朝4時、事件が起きた。

まだ薄暗い明け方の四時に

無くなったのは結婚して二年、幸せな結婚生活を送っていた。

村上恵美さん。

一体、彼女の見に何が起こったのだろか。
すぐに救急搬送されたが、すでに昏睡状態だったが、あることがきっかけで捜査は打ち切られていた。

医師からは脳内のくも膜下出血があると夫は言われたのだ。

一般のドクターは臨床医。レントゲン上でくも膜下出血と判断したことから事件性はないとして、すぐに捜査は打ち切られた。

その翌日村上恵美さんはなくなったのだ。

どうして恵美さんはあんな時間に神社にいたのか?

警察は、不信な点がるとして司法解剖すると打撲の地点とくも膜下出血の場所が一致したのだ。

これは事件と事故の両方の可能性がある。だれもがそう考えてたい。

しかし、警察はすぐに病死として処理したのだ。
これは、解剖した医師が外傷性としたくも膜下出血の意見を、報告書では内因性として報告されていたのだ。

それは、捜査の結果何の手がかりもないので医師が診断を二転三転させたのだ。

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しかし、上野正彦は転落死でも事故でもなかった。

現場を見た上野正彦は、事件と判断したのだ。

その写真は、恵美さんの右足のアザだった。

アザの真ん中にうっすらと白い痕ができていてあのだ。

これはいわゆる圧迫痕だ。

前のめりで落ちた場合は両側頭部を傷つけることはない。
逆に脚から滑り落ちても両側頭部をぶつけつことはない。

被害者の顔には両側頭部以外に傷は無かった。そして右足の圧迫痕と左の肩の擦過傷・・

上野はなんと車のひき逃げが事件の真相だというのだ。

現場に階段があったために事件の判断を鈍らせてしまったのだ。

これによって、犯人はすぐに逮捕された。犯人は酒酔い運転だった。

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